山口百恵「夢のあとさき」1980/10/05「武道館引退コンサート」終演後の百恵ちゃんは?

◆「しあわせになります」全て歌い切って百恵ちゃんはどこへ? 

(ラジオ「夢のあとさき」は、1980年4月6日から1980年10月5日までニッポン放送他から放送されました。番組開始時すでに、山口百恵さんが三浦友和さんと結婚すること、百恵ちゃんは芸能界を引退することが公表されていました。10/5最終回は「武道館ファイナルコンサート」が行われた日です。)

武道館で最後のコンサートが行われたそのあとの様子です

♩曲~山口百恵「歌い継がれてゆく歌のように」(歌:山口百恵、作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童、編曲:萩田光雄)

鮮やかな春を歩いて、白い光の夏、つづれ織りの秋を見送り、凍てついた冬の星に出会い、そしてまた春。季節の流れは速くて遠い。まあるい夢がはじけて飛んで、そうして私は21。

山口百恵・夢のあとさき

やあ、どうもこんばんは!高嶋秀武でございます。
そうなんです、先ほどまでですね、武道館で百恵ちゃんの最後のコンサートの中継をやっておりました。

あの、僕が突然ですね、百恵ちゃんの「夢のあとさき」しかも最終回というね、名残り惜しい時間にこうやって出てくるというのは大変騒がしくお聴きになる方もいらっしゃると思うんですけれども

実はあの先程の百恵ちゃんのファイナルコンサートですね、終わることは終わりましたけれども、まだまだ武道館の方ではいろいろこうね、百恵ちゃんの日程が詰まっておりましてですね

とてもスタジオに戻ってきて放送できるような状態ではないんですね。そこで今日は武道館とニッポン放送のスタジオと結んでですね、二元でお送りしていきたいと思います(以下略)

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.10.05放送より)

◆「夢のあとさき」始まりはいつもと同じ 

「歌い継がれてゆく歌のように」と
百恵ちゃんの詩「鮮やかな春を歩いて、、、」
と始まりました
(録音テープでしょう)

◆高嶋秀武さん登場 

「ファイナルコンサート」は終わったけど、、、

百恵さんは武道館にいて
スケジュールがつまっている

ニッポン放送のスタジオには
とても来ることはできない

ということがわかりました

(ニッポン放送に来れないのは
前からわかってたと思いますが)

◆武道館で打ち上げパーティー 

武道館に中継にきている木藤アナウンサーと、ニッポン放送の高嶋秀武さんのやりとりです


木藤アナウンサー「先程ですね、打ち上げパーティーにちょっともぐりこみましてね。密かにいろいろ見て来たんですけれども、百恵ちゃんうれしそうと言うか、すがすがしい顔といいますか、もうこぼれる笑みでね」

高嶋秀武さん「もうすっかり涙の跡はないんですか?」

「ええありません。もう笑顔笑顔でね。すぐ横で三浦友和さんがダブルのダークスーツに身を固めましてね、エスコートするような形で、仲の良いアンルイスさん、桑名正博さん、岩崎宏美さん、小柳ルミ子さんがもう肩を組むというかもう手を組みあってですね、一緒に記念写真に収まったり、もう本当にねなごやかな雰囲気ですよ」

「そうですか」

「うらやましくなるぐらい」

「友和さんもあのしっかり駆けつけたわけですね」

「そうです。であの時たま、百恵ちゃんの背中に手をやったりね、本当に幸せそうなカップルという感じでしたね」

「百恵ちゃんとしてはもう望む通りの絵柄になったわけですね」

「そういうことですね。で百恵ちゃんかなりね5分くらい長い挨拶をやりまして、みなさんのおかげですということでね。演出の方が1回乾杯の音頭を取って、2回めは阿木燿子さんが取って、乾杯を二回やりました」

「そうですか。ひとつあの木藤くんね、このあと百恵ちゃんのね、コンサート終了後、生の声をぜひ聴きたいと思いますんでね」

「これからまた武道館の中入りましてね、なんとかやってみたいと思います」

「そうですね、ええぜひ期待しております」(以下略)

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.10.05放送より)

◆「打ち上げパーティー」

百恵ちゃんの挨拶は
5分くらいだったと
ライブの仲間たちとも
最後なんですね

三浦友和さん
アンルイスさん
桑名正博さん
岩崎宏美さん
小柳ルミ子さん
阿木燿子さんも

会場で見ていた仲間が
かけつけたという感じでしょうか

「笑顔の百恵ちゃん」
こんな場面では
華やかで明るいのが
一番いい

◆百恵さん登場!何を考えながら歌っていたのですか? 

青太字=百恵ちゃんトーク)

「ええ、、、高嶋さん!ようやくつかまりました」

「そうですか。いや君ならよくやってくれると思ってましたけどね」

「探しましたよ必死になって」

「いやすぐそばにもう百恵ちゃんがいる?」

「いらっしゃいます、ここに」

「じゃあお願いします」

「ええ、、、本当に百恵ちゃん、ステージお疲れさまでした」

「お疲れさまでした(笑)」

「やっとすべてのステージが終わったというとこなんですけどね、百恵ちゃんどうですか今の気持ちは」

「そうですね、あの、ほっとしたのもあるしね、、、、、、うん、よかったです。無事に、5日間の全国縦断もそうだし、今日の武道館もそうだし、とにかくみんな健康で、ホントのフィナーレを迎えられたのが、やっぱりとっても良かったと思います」

「そうでしょうね。本当のフィナーレというのが実感かもしれませんけれども。さてあの我々はね、ステージからずっと見ていましてね」

「ええ」

「百恵ちゃんは今ステージの上で、最後のステージ、何を考えながら歌ってんでろうなと思ってたんですけれども、その辺はいかがですか」

「うーんやっぱりあの、感慨無量というか、この1曲で本当に、なんかこう、ステージに立つこともないし、マイクを握って歌うこともないだろうしっていう感覚は、なんとなくさびしいもんだなっていう気がしましたけどね」

「なるほどね」

「でもみんなも一生懸命応援してくれてたし、そういう姿をなんかホントに、やっとっていうか、すごい一体感みたいなのを感じましたけど」

「なるほどね、そうですか」

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.10.05放送より)

◆もうステージに立つこともない 

終わってホッとした百恵さん

歌っている最中は、、、
さびしさも感じていた

それにしても
周囲のざわざわがすごい
ライブ終了後のせわしなさを
感じさせます

◆今日会場に来れなかった方たちへも「本当にありがとう」 

続きはニッポン放送の高嶋秀武さんと百恵ちゃんの会話です

「百恵ちゃ~ん」

「はーい!」(明るい)
「高嶋でございます」

「どーも、こんばんは(笑)」

「こんばんは。えーとですね、まあ武道館終わったばっかりでね、まだ気持ちの整理もできてないかもしれないんだれども、あの大勢のラジオファンがですね、百恵ファンが、まだまだラジオ聴いてるわけなんですね」
「ええ」

「で率直に言ってですね、ラジオ聴いてる人に一言ね、なにかメッセージをもらいたいんですけども」

「そうですね、あの、無事に武道館まで、全国縦断のファイナルが終わりまして、あたしも、スタッフも、それから一緒にやってくれてたメンバーもみんな、たぶんホントに同じ気持ちだと思うんですけれども」

「ああそうでしょうね」

「とにかく、今日来てくだすったみなさんはもちろんのこと、いろいろ都合もあって来れなかったていう方もいらしっゃるでしょうし、そういう方にせめて、あたしたちの、本当にありがとうっていうささやかな気持ちですけれども」(はあはあ、うん)

「その気持ちだけでも届いていただければ、非常にありがたいなと思います」(そうですね)

「で武道館終わって、15日まで、あと10日間ありますけれども、それも本当に大事にやっていきたいなと思います。ホントにどうもありがとうございました」

「はい、それでは百恵ちゃんね最後になりましたけれども、ぜひ本当にしあわせになってください。どうもありがとうございました」

「ありがとうございます」

(以下高嶋さんトーク略)
(「さよならの向う側」武道館ver.かかる)

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.10.05放送より)

◆引退は10月15日 

引退まであと10日
「大事にやっていきたいなと思います」


◆活動ピックアップ~ 

1980年
3月7日「婚約発表、引退公表」

3月21日 「謝肉祭」

5月21日 「ロックンロール・ウィドウ」
『メビウス・ゲーム』

8月21日 「さよならの向う側」
『不死鳥伝説』

8月27日~31日第6回百恵ちゃんまつり(ミュージカル不死鳥伝説)

9月  自叙伝『蒼い時』

10月5日 武道館ファイナルコンサート

10月6日テレビ「夜のヒットスタジオ」引退特集番組

10月13日テレビ「山口百恵スペシャル ザ・ラスト・ソング」

10月15日「ホリプロ20周年記念式典」で完全引退

引退後~

10月21日『This is my trial』

11月19日 結婚式(港区赤坂の霊南坂教会)
ライブアルバム『伝説から神話へ-BUDOKAN…AT LAST-』
シングル「一恵」

(まだあります)


◆スタジオから「夢のあとさき」最終回、という形式 

♩「夜へ」(歌:山口百恵、作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童、編曲:萩田光雄)かかる

(百恵ちゃんのトーク)

今夜で最後の「夢のあとさき」

先程までみなさんにはファイナル、武道館のね模様をずっと聴いていただいて、そして今、武道館のあのざわめきから、すっと離れて1人になってなんとなく、そうですね、さっきまでちょっとあたし自身も(笑)興奮していたんですが、

本当に半年間、短い半年間でしたけれども。応援していただいて本当にありがとうございました。「夢のあとさき」の中でトーキングコンサートをやったり、いろいろな冒険もしてみました。

この放送ひとつひとつが、みなさんの思い出になればとても幸せです。本当にどうもありがとうございました。

どうぞみなさんこれからもお体にはくれぐれも気をつけて。そして、一人一人の、そうですねあなたなりの、生き方。そんなに大袈裟に考えるものでは決してありせんけれども、あなたなりの生き方、それから主張。

するべきときにはして、折れるべきときには折れて。そういう感じでね、うんと大切に、生きていってほしいなって思います

これからは、あたしもみなさんと同じ立場で生きていくことになりますけれども。あの、いつも、今まで8年間一緒に歩いて来てくれたみなさんが、今もまだ一緒に歩いてるんだという、そんな気持ちをもって、これからも一生懸命生きていきたいと思います。

本当にどうもありがとうございました

山口百恵「夢のあとさき」。構成宮下康仁、お相手は山口百恵でした。どうもありがとう

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.10.05放送より)

◆(筆者感想、ちょっと愚痴)ラジオ最終回 

静かなスタジオ
まるでいつものラジオ放送同様に
語りだす山口百恵

これは録音テープだと
思いますが
(もし生なら高嶋さん語らないのは不自然)

「さっきまで興奮していた」
という百恵さん
当日ライブ後のトークに
仕立てようとしたのでしょうか

先週9/28、
百恵ちゃんはこう言ってました
「来週はいよいよ最後の放送。「武道館」の終わったその後にお話しをするということなんですけども、どんなことがお話しできるかちょっとわかりませんけれども。でも最後の放送うんと大切な時間として過ごしていきたいと思います。どうぞお楽しみに」

リスナーはこれを覚えている
素直に信じて楽しみにしていた

でも10/5放送は
急に形式の違ったものになっていた

「ええ、、、高嶋さん!ようやくつかまりました」
「そうですか。いや君ならよくやってくれると思ってましたけどね」
「探しましたよ必死になって」

百恵探し?は?
一方的に探すぞ~!という茶番
かなり違和感があるんです

ここにきて
番組の流れがねじれてしまった
残念です

「最後の放送百恵ちゃんが話してくれることになっていますが、、、」、もしくは「探してくださいと百恵ちゃんに頼まれてる」って、ここから始めてくれればいいだけ。

せっかく誠実にきっちり仕事をしてきた山口百恵の9/28の言葉。尊重してつなげていけば、都合で変わってしまっても、ファンは理解する。むしろ静かなスタジオで1曲流しながら「山口百恵の不在」を感じていたかった。

半年続いた素晴らしい番組「夢のあとさき」。最後こそ丁寧に、きれいな辻褄合わせをしてほしかった。山口百恵がかわいそうでもある。

◆「今も一緒に歩いてるんだという気持ちを持って」 

前回私が
「大きな船に乗っている
それぞれの人生」と表現しましたが

百恵さんも
引退後のファンへの意識について
似たように語っていたんですね

でも、それでも、、、
忘れることがあっていい
私たちももちろん
忘れることがある

ほんのちょっと、
どこかで、
ふと一緒に歩いている感じ
それだけで全然いいと思う

◆まとめ

  1. 武道館コンサート終了後は「打ち上げパーティー」を開催していた
  2. 百恵ちゃんの挨拶は5分。ステージを一緒に作ってきた人たちへの感謝を
  3. 百恵ちゃんの傍でエスコートする三浦友和さん、他駆けつけた同業者たち
  4. 百恵「無事に本当のフィナーレを迎えられてよかった」
  5. 何を考えながら歌ってたのか?「さびしさ。みんなとの一体感」
  6. 「ステージに立つこともないしマイクを握って歌うこともないだろうしっていう感覚は、なんとなくさびしいもんだなって、、、」
  7. 「一生懸命に応援してくれてたみんなと一体感を感じた」
  8. (筆者感想)「また来週お会いしましょう」と百恵約束。丁寧に引き継ぐやり方はあったはずなのに、、、
  9. (筆者感想)引退したあとも「みなさんと一緒に歩いているんだという気持ちを持って」と言ってくれた山口百恵。そのささやかなつながりを心地よく感じられるならいいなと思う。負担であってはいけない。

シェアする

フォローする