山口百恵「夢のあとさき」1980/09/28②「なぜ引退という道を選んだのですか?」

◆「大きな裏切りだと思ったけど、きっと良かったんだろうね」そう言われるように生きていきたい 

(ラジオ「夢のあとさき」は、1980年4月6日から1980年10月5日までニッポン放送他から放送されました。番組開始時すでに、山口百恵さんが三浦友和さんと結婚すること、百恵ちゃんは芸能界を引退することが公表されていました。10/5最終回は「武道館ファイナルコンサート」が行われた日です。)

9/28①の続きです

(百恵ちゃんのトーク)

(CM入る)

山口百恵「夢のあとさき」
今日は真っ白なページをいただいて、今あたしが思っていることをいろいろお話ししています。

ええお葉書も、本当に、最後に近いっていうのにね、毎週毎週たくさんいただけて本当にうれしく思うんですが。

北区にお住まいの「DON’T CRY FOR ME」という、ペンネームかな、「ナンバー3」と書いてあるんですが。男性ですね。「僕は~」と書いてありますが


「こんばんは。今僕は考えています。なぜあなたが引退という道を選んだのかを。単純に考えれば答えは簡単です。

歌手という職業に対する情熱と、妻として幸せになりたいという願いを、秤(はかり)に乗せた結果、後者が重かったからでしょう?

もっと俗な言い方をすれば、ファンより三浦友和さんの方が重かったのでしょう。

でも、本当にあなたの心の中でこんなことが行われたとはとても思えないのです。もっともっといろいろなことを考えたはずなのです。いつかその辺とことを教えてくれたらと思います。では」


こんなお葉書をいただきました。

あの、他にもたくさんね、ええあたしがなぜ「引退」、ということを考えたのかわからないって。中には、彼がね、三浦友和というその男性が、、、それをあたしに強要したのではないかと。結婚したら家庭に入ってほしいということを押し付けたんじゃないか。

そんなことを、たくさん書いて送ってくださった、ホントに同じ方がね10枚20枚ってたんさん同じような(笑)文章で(笑)書いてくださるんですよね。

でそのたんびに、あの、、、そんなハガキを全然疎ましいとか思わなくって、ああホントにこれほど一生懸命に今まで思っててくれたんだろうし、やはり、あたしがひとつそうした答えを出してしまったことが、

彼女たち彼らにとっては、とっても大きな裏切り行為だったんだろうな、ってふと自分のしたことのね、したことっていうか、あの、まあ罪深さというか、大それた言い方をすればそんなものなんですけども。ええふと感じることがあって。

でも、そうですね、、、結果ですから。うーんどんな風に言われてしまっても、あたしは今、こういう問いに対して何を答えても、それは全てとっても空しい響きをもった言い訳になってしまうと思うんです。

ですからあたしは、なにも、今は語りません。

ただ、、、うーんそうだなぁ。秤にかけたとか、それから、、、彼があたしにそういう、そうすべきだということを強要したとか、それだけは全く違うという、そういうお返事だけしておきます。

そしてそれに対しては、もちろんあたしは仕事「捨てる」のかもしれないし、もしかしたら、うんと厳しい世界から「逃げる」、のかもしれないし。それは受け取り方さまざまだと思うし。ええ、どう受け取られても仕方のないことだと思うし。

ただ、そうじゃなくって、自分の中で、ほんとに5年か6年。7年8年9年10年。どのぐらいの時間だかわからないけども、うんと長い時間が流れたときに、みなさんがね、、、

「ああそうか。山口百恵っていう女性はあの時に、ああしたこと。引退して、そして家庭におさまってしまった。あの時、あれを本当に大きな裏切りだと思ったけれども、でもやっぱりあの時にああして、きっと良かったんだろうね」って

そう言われるように、これからもずっと努力していかなきゃいけないなって改めてそんなことを、う~ん、、、肝に命じています。

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.9.28放送より)

◆これが引退のときの「山口百恵のすべて」と言ってもいい 

『うんと長い時間が流れたときに、「山口百恵っていう女性は、あの時に引退して家庭におさまってしまった。本当に大きな裏切りだと思ったけれども、でもやっぱりあの時にああして、きっと良かったんだろうね」ってみなさんに言われるように、これからもずっと努力していかなきゃいけないな、、、』

百恵さんが
「受け取ってください」と言って
語った言葉です
身に染みて伝わってきます

5年経って聴いた時もそうだった
10年以上過ぎたときも泣きました

38年経った今も
38年後のあなたにって
語りかけられてるみたいに
リアルに感情が揺さぶられます

心をこめた言葉たちを
百恵ちゃんは遠く遠く
一体どこへ向かって投げてたのだろう?

あの時は気づかなかった重さ
信じられないことに、、、今届く

1980年、
そういう視野に立って
メッセージを送っていた
山口百恵という人

「ありがとう」と言って
消えていった百恵ちゃんだけど

「(引退を)きっと良かったんだろうね」と
思ってもらえるかどうか、、、
それは全て「これから」が答えをだすのだと
あの時ちゃんと考えていた

「これから努力をしていこう」と
秘かに自分自身に「課していた」ということ

そうして静かに流れた年月の中で
「きっと良かったんだ」と
思わないファンはいない

静かな感動と
山口百恵の人生
自分自身の人生
思いを馳せないファンは
いない

◆みなさんと同じ空の下で、あたしも同じように生きていく 

(百恵ちゃんのトーク)

そしてこれから、もちろん家庭には入りますけれども、あたしは常にみなさんの存在っていうのは意識しながら生きていこうと思ってるし、俗な言い(笑)それこそ俗な言い方をすればね(笑)、「盗み撮り」とか、あると思うんですよ。

家庭に入って何日なんていうね、写真を、例えばお買い物に出たときに「バシャッ」と物かげから撮られて週刊誌に載せられたり。で、そんなことを気にしてね、こう例えば、いちいち逃げ隠れして歩くっていうのも、ホントにあたしはバカバカしいと、思えるんですよね、、、。

ですから、あたしはあたし。あたりまえのように生活していくであろうし、その中で、例えば勉強もするであろうし、時間を見つけて「趣味」みたいなかたちで何か始めるかもしれないし、それは今後、わかりません。

でも、そうしたことによって、みなさんが今まで約8年間一緒に歩いてきてくれた「あたし」っていうのは、やはり「切り離したくない」し、そしてまた、そんな簡単に切り離せるものではないんですよね。

ですから、もちろん、そういうかたちで、もしかしたらあの、、、それはいい形ではありませんけどもね「盗み撮り」されたりとか、すごく「スクープ!」みたいな感じでね、あの、子供を抱いてる写真ですとか、週刊誌に出されてしまうのは、ほんとにいい形ではありませんけれども。

まあ、みなさんに注目されながら、あたしは生きていかなければいけないし、それを否定するつもりはないし、抵抗するつもりもないし。

ただその中で自分を見失わないで、あの、、、本当にまあ結婚すると姓も変わって「三浦百恵」という名前になりますけれども、一家庭人としての生活ペースっていうのをちゃんと保っていけたらそれでいいなって、そんな風に思ってます。

で、仕事や家庭、それを両立するっていうことは、うんとたやすいことに思われている方も多いと思いますが、少なくともあたしの中では、それはたやすいことでは「ないんです」。で、どちらも中途半端になってしまう。それは一番怖かった。

それは、一緒に長い間一生懸命に歩いてくれたファンの方たちにとっても失礼であるし、また、結婚するという勇気を、そうだなぁ持って、一つの運命を決断してくれた、三浦稔という一人の男性にとっても、この上なく失礼なことになると思うので

ええ、、、そうですね、それを決めた今は、本当に努力を惜しまずに、生きていきたいなっていう、そんな風に思います。

愛することがどんなことなのか、とか。それから、自分の人生いかに生きることが大事なのかとか。そんな大それた、大袈裟なことは言いたくないし。また、それは今じゃなくて、もっともっと本当に死ぬ間際になって、人生終わる間際になってから初めて、もしかしたら本当に語れることなんじゃないかなって、今はふとそんな風に思ってます。

ええ、ごくごく普通の感覚で、みなさんと、ええ、、、同じ空の下で、あたしもみなさんと同じように生きていくことになりますけれども。一緒に歩いた8年間。みなさんの中でも、いい思い出になってくれればいいな、、、って!そんな風に思います。

そしてみなさんやあたしが、あと10年、20年、どのぐらいだかわからないけれども、ふと、自分の人生を振り返るようになったときに、ええさて、あたし、それから、みなさん。人生って一体なんだったんだろうな、、、って、ふと考えたときに、

そのときに、「ああそうか。あのときに自分の人生8年間関わった山口百恵っていう歌手・女優、どちらでもいいですが、人間がいたんだな」っていうことを、ええふと思い起こしていただければ、と思います。

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.9.28放送より)

◆人生って一体なんだったんだろうな、、、って考えたとき、山口百恵っていう人間をふと思い起こしてほしい 

『あたし、みなさん。人生って一体なんだったんだろうな、、、ってふと考えたときに、自分の人生8年間、関わった山口百恵っていう人間がいたんだなって、ふと思い起こしていただければと思います』

ひと言いいですか?
百恵さ~ん。思い起こしてますよ
気づいたら38年
わたしの人生、、、ふと考えるとき
6つ年上のあなたのことを

とても、特別な「百恵シャンソン」を
堪能させてもらってるような
百恵ちゃんの語り
山口百恵というシャンソンです
涙が止まらない

私はいつからか
山口百恵を追いかけて始め
1980年の引退に涙を流した

それから
同じ空の下で生活してるんだなって
思いながら
その後の年月を生きている

百恵さんは
「常にみなさんの存在は
意識しながら生きていこうと思ってる」
引退のとき言っていたのだった

結局、引退という別れは
別れではなくて
大きな大きな一艘の船
だったような気がします

それぞれの人生をのせたまま
ずっと一緒に
今も進んでいる

新たに乗ってくる人
船を降りる人
それぞれいる

乗っているあいだは
独りよがりかもしれないけど
どこかでつながっている気がして
少し幸せで
人生に感謝できたりする

◆「武道館」の終わったその後に最後の放送です、、、「また来週お会いしましょう」

(百恵ちゃんのトーク)

ええ、それでは、、、
今日のお話しはここまでにしたいと思うんですが。

最後に。、、、まだ早いと思いますが、そうですね、本当に、、、白いページの中で、どうもありがとうございました。

ここで、あたしからみなさんに。本当にこの歌は、あたしもみなさんも、一緒に目を閉じて、聴いてみたいなと思う歌なんですが。アリスの歌で『それぞれの秋』。

♩曲~「それぞれの秋」(歌:アリス、作詞:谷村新司、作曲:谷村新司、編曲:安田裕美・服部克久)(2コーラス流れる)

♩曲~「夜へ…」(歌:山口百恵、作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童、編曲:萩田光雄)(BGM)

今夜の「夢のあとさき」いかがでしたでしょうか?あたしの心がほんの少しでもみなさんに届けば(微笑)それで幸せです。

さて来週はいよいよ最後の放送。ええ、、、「武道館」の終わったその後に、お話しをするということなんですけども、そうですね、どんなことがお話しできるか、ちょっとわかりませんけれども。

でも、最後の放送、うんと大切な時間として過ごしていきたいと思います。どうぞお楽しみに。

「夢のあとさき」構成、宮下康仁、お相手は山口百恵でした。

それではまた来週。。。お会いしましょう。

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.9.28放送より)

※「また来週。。。お会いしましょう」…「来週」のあとの間。「お会いしましょう」は小さくささやくように言います。このフレーズ言うのはこれが最後。

◆「それぞれの秋」を選ぶ山口百恵さんが何よりもいい 

『あたしからみなさんに。一緒に目を閉じて聴いてみたいなと思う歌なんですが、、、』

アリス「それぞれの秋」

♩タ ラ ラ ラン 、、、

思い出深すぎる曲です

ピアノが始まった瞬間から
引退を見つめてた「自分の感じ」が
本当に生々しく
身体の内側に起こってきます

やっぱり
同じ自分なんですね

「ささやかに生きている友達の
人生とは一体何だろう
あざやかに死んだ友達の
人生とは一体何だろう」

(「それぞれの秋」アリス)

決して幸せ一杯じゃない
暗く重く
私を打ちのめしていく
そんなところが好きだし

この曲を
新たな門出の前の別れに際して
選ぶ、山口百恵がいい

◆まとめ 

  1. 「なぜ引退?」みなさんからたくさんハガキをいただく
  2. 大きな裏切り行為だったのだろうなと自分のしたことの罪深さを感じる
  3. 長い時間が経ってから「ああして良かったんだね」と言われるよう生きていきたい
  4. みなさんが一緒に歩いてきてくれた「あたし」っていうのは、切り離したくないし、また簡単に切り離せるものではない
  5. 盗撮やスクープ等良くない形も含め、みなさんに注目されながら生きていかなければならない。その中で自分を見失わないで一家庭人としてやっていけたらそれでいい
  6. ごくごく普通の感覚で、みなさんと同じ空の下で、あたしも同じように生きていくことになります
  7. 人生って一体なんだったんだろうな、、、ってふと考えたとき、8年間関わった山口百恵っていう人間がいたんだなって思い起こしていただければと思います
  8. (筆者感想)1980年のメッセージ、あの時気づかなかった重さで今届く
  9. (筆者感想)「百恵さん、思い起こしてますよ」、あと「全部お見通しだったんですね」
  10. (筆者感想)引退で終わりではなかった。心に響く特別な「百恵シャンソン」
  11. (筆者感想)引退で終わりではなかった。それぞれの人生を乗せたまま、ずっと一緒に進んでいる船
  12. (筆者感想)アリス「それぞれの秋」は思い出深すぎる


シェアする

フォローする