山口百恵「夢のあとさき」1980/09/28①「最後のコンサートの追い込みにかかりました」

一生懸命に話してみます。あたしの心受け取ってください。

◆「アイドルタレント」の単独行動がタブーとされる世界で 

ラジオ「夢のあとさき」は、1980年4月6日から1980年10月5日までニッポン放送他から放送されました。番組開始時すでに、山口百恵さんが三浦友和さんと結婚すること、百恵ちゃんは芸能界を引退することが公表されていました。10/5最終回は「武道館ファイナルコンサート」が行われた日です。)

9/28の放送です。
先週に続いて真っ白なページに、ひとりの人間としての山口百恵について語ってくれました。

(百恵ちゃんのトーク)

あたしは今、最後のコンサート「MOMOE FINAL」のための追い込みにかかりました。

10月5日、最後の武道館のコンサートまであと一週間。この一週間はおそらく一生忘れられないものになるんじゃないかなって思います。

そしてこの番組も今日を含めてあと2回で終わり。先週と今週の2回は、真っ白なページをいただいて、そこにあたしの心を綴っていきたいと思ってます。

先週は、あたしの仕事、歌であるとか芝居であるとか、そういったものに関するお話し。そしてあたしを支えてくだすった方たちのお話しをしたんですが、今日は、一人の女、一人の人間としての生き方について、お話しをしてみたいなと思います。

一生懸命に話してみます。あたしの心受け取ってください。

(CM入る)

あたしの目の前に広がる真っ白なページは、あまりに大きすぎてどこから埋めていってよいのかわかりません。それなのに残された時はあまりに少ないのです。

14歳の頃でした。うーん最初はたぶん、まあごくごく普通の、芸能界の本当になにも右も左もわからない歌手としてデビューしました。

やはり、、、芸能界といわれるところ、あたしが仕事をしてきた場所っていうのは、うんとクリアーな、そしてみんなが情熱を持って、その情熱をひとつのところに傾けるというね、ことを、本当にあたりまえのようにやっている。

とても素晴らしい仕事の場所だと思ってますけども。それでもやはりあの、、、ごく普通の常識っていうものとは違った常識のある世界。そんな場所だと思うんですね。

その中にいることによって、あたしの場合は14歳というホントに若い年齢からそこにいましたし。その中にいることによって、ごくごく一般的な常識っていうものとちょっと感覚が変わってきてしまう、っていう恐れは、たとえそれがあたしでなくとも、誰しも持つものだと思うんです。

そうだなぁ、、、「アイドルタレント」ってよく言われてましたけども。もちろんあたしもその「アイドルタレント」って呼ばれることに、うーんそれほど抵抗を持ったことはなかったんです。

ただやはりアイドルっていうのは、どこへ行くときでもマネージャーが付いてなきゃいけない。だから本当に本来の自分を思い出せるとき、取り戻せるとき、そして仕事をかけ離れたところでの友だちっていうのかな、そういうものは、どうしても出来づらいって言われてしまっていた場所だったんですね。

そして「アイドル」ともてはやされている人が、すべて私生活っていう部分においても、そのマネージャーっていうものを関係なく、こう単独で行動するっていうことは、ある意味タブーだったんです。

ですから、あたしが例えば一人で「ええ。一人で買い物へ行きますよ」っていうことが、とっても大きく扱われてしまったり、、、したんですよね。

で、とってもあたりまえのことをあたしはうんとしてきた、っていうそんな感じがするんです。例えば友だちとどっかへ行く。別にマネージャーがあの、、、来るべきところではないので、友だちと一緒に行った。

ごく個人的な学校であったり、仕事をかけ離れたところでの友だちだから、仕事をかけ離れたところでつきあいをしたっていうだけのことが、、、この仕事をしている人たちの間では、とってもセンセーショナルにとられてしまったんですけどね。

まず第一にそういうところに抵抗を持ってしまった、っていうことは確かにありました。

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.9.28放送より)

◆前回のトークよりテンポアップ?有言実行で仕事をする百恵 

最初に気づくのは、前回9/21放送(①と②)に比べてトークのテンポが速くなってること。差は明らか。明朗でよどみなく話す今回。(筆記した文字数をざっくり比べても、今回は1.6倍~1.7倍のトーク量でした)

もちろん手元に準備した原稿を置いているとは思うけど、読み上げている感じはまったくない。いつもの考え考え語りかけてくれる百恵ちゃん。すんなり入ってくる。

とにかく勢いがある。時間を惜しむかのように、、、。どうやら、前回のトークが伝え足りないものだったから改善してきたということじゃないか。前よりもっと綿密な準備をしてきたんじゃないかと想像される。

実際、百恵ちゃん本人が9/21放送の最後に言ってました
「来週はもっと頭の中を整理して、1つでも多くのことを、わかりやすくお話しできたらいいな、、、」(わかりやすくを強調してる)

この反省のような宣言のような言葉。
私は全く気に留めてませんでした。「なんで言うんだろう?」程度に。流れたものを聴くだけの私たち。丁寧に語る百恵ワールドに酔いしれただけです。

もしかして9/21分は編集で切られたか、話せなかったトークがあったのかもしれませんね。芝居のことや、支えてくれた人たちのことなど少なかったし。

ちょっと感動してしまいました!(音声聴ける方はぜひ)これがあの『改善』?

そう、宇崎竜童さんの言葉を思い出します
「例えばまずい部分を指摘すると、まずい部分がちゃんと改善されて、良かったところはそのまま残せるというね。歌うコンピューターみたい」

百恵ちゃんはこう答えていました
「歌うコンピューターなんて言われてしまってちょっと照れ臭いんですけど」(6/15放送②)

宇崎さんの言うのはレコーディング現場。当然一般ファンなど立ち入れない部分です。偶然2回の放送を続けて聴いて「改善がなされたのでは」と推測しただけですが、、、。「百恵の仕事ぶり」そのシャープで男前な一面に触れることができたのかも。(本当はどっちのトークも同じくらいいい)

◆「アイドルです」っていつもその肩書を気にしていたらダメになってしまう 

(百恵ちゃんのトーク)

あたしが、うんとそういうところに抵抗を感じはじめたのは、高校生にもちろんなってからだったんですけどね。中学3年生。デビューしたばっかりの1年間っていうのは、、、仕事とか時間とかに追われるだけで、そんなことを考えてる余裕もなかった。

でも高校生になって、でその、たまたまあたしは、、、中学校で品川中学っていうところにいたんですけれども。あえて日の出女子学園っていう、全く違った高校、それまで芸能界で仕事をしている人が入ったというケースはなかった学校へ、ポンって飛び込んでしまったんです。

ですからもちろん友だちも違ったし、逆にそこで巡り会えた友だちがうんと良かったんだと思うんですけどね。やはり、あの、、、特別扱いっていうとちょっと違うかもしれないんですけど、まあそれに近いこと、どうしても多くなるだろうなぁって、高校へ入る前に思ってたんですけども。それがなかったんですよね。

ごくあたりまえ、本当にあの、あたしが仕事をはじめる前、横須賀の友だちとわーわーキャーキャー騒いでいたのと同じ感覚でつきあえる友だちっていうのがうんとたくさんできた。

で、やはり、ああそうか、、、。あたしはもちろん仕事をしている、芸能人っていわれる部分にいるかもしれないけれども、でもそれはあくまでも仕事をしているのがあたしなんではなくて、「あたし」が仕事をしているんだ。そう思わなきゃいけないなって思った。

1つの生活の中に、、、出てくる「パターン」として仕事をしている。その仕事っていうのは、あたしの全てを占めてしまうんではなくって、あたしの生活の中の「一部分」である。それをもっともっと意識しなきゃいけないんじゃないだろうか、ってふっと思ったんです。

だから、うちにいるとき、学校にいるとき、友だちとどっかへ遊びにいってるとき。その時には仕事をしているあたしっていうものを、あたしの中から除外してしまっていいんではないだろうか。

いつもいつも、「タレントです」「アイドルです」、そんなことを、その肩書きばっかりを気にして生活していたら、きっと友だちもできないだろうし、まず第一にあたし個人が、そうだなぁ、、、うんとダメになってしまうんじゃないかって。そんな怖さを思ったんです。

で、やはり普通の、人間としての付き合いの中から、仕事もしていきたい。そういう風に思ったんですよね。

そのために、もちろん仕事をしていくあたしにとっても、それから友だちと付き合ってるあたしにとっても、学生として学校という場所へ、ええ、、、名前を連ねているあたしにとっても。

生活人、本当にごくごくあたりまえの人間、っていうものの価値観っていうのかな、うーんそういうものは、本当に大事だったんです。

実際、う~ん、、、抵抗しながらも、とりあえずはちゃんとやってこれたんじゃないかなって、今ふとそんな風に思ってるんですけどね(微笑みの声)。

まあこれは、今までっていうことよりも、これからの方が本当に自分がちゃんとやってこれたかどうかっていう結論は、ほんとに家庭人として、生活をはじめてからの方がうんとでてくると思うんですけれどねぇ(明るい声)。

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.9.28放送より)

◆普通と違った常識に抵抗し続け、ごくあたりまえの人間であることを大事にした人 

「アイドルタレント・山口百恵」という肩書があるという事実。いったいこれをどう位置付けたらいいものか?考察しつづけた高校生。

山口百恵はこうしようと決めた

・「仕事」はパターンとして組み込まれた「生活の一部分」だとみなそう
・私的な時間を過ごすとき「仕事」は除外していいのでは

さらに、、、
・「仕事」も普通の人間としての付き合いの中からやっていきたい
⇒そのためにも「ごくあたりまえの人間というものの価値観」は本当に大事なものだ

その結果は、、、
・抵抗しながらも、とりあえずちゃんとやってこれたんじゃないか
・これから、家庭人になってからの方が結論が出てくると思う

抵抗せねばならない状況はストレスだったろう。そこに約8年身を晒していた山口百恵さん。彼女がずっとがんばってがんばって大事にしていたのは「ごくあたりまえの人間としての価値観」だった。

普通の生活人は往々にしてそこに気づかない。普通とは違う環境で「普通の価値観」を意識し続け、求め続けた百恵ちゃんからみたら、「あなたが持っているその生活感覚のことよ」って笑顔で言われそう。確かにあたりまえの人間らしさ、、、安定していて、かみしめるほどに素晴らしいものだと思う。

◆「あたしはそんなに大それた人間じゃない」普通にみてもらえない悲しみ 

(百恵ちゃんのトーク)

あの、、、そう、よく、、、「百恵さんほどの人が」とか、言われることがあるんですね。自分ではそんな風に思いませんよ、もちろん。だけど、あの、、、それは先週もお話ししたと思うんだけれども、

自分の中にある自分自身っていうものよりも、周りが思ってくれるあたし、「山口百恵」っていうタレント像っていうのかな、そういったもの、ええ名前であったりね、そういったものがどんどんどんどん大きくなってしまって、

「百恵さんほどの人が」、あたしほどの人が、っていう言われ方をされてしまう。それがなによりも一番、正直言って「かなしかった」んです。

「百恵さんほどの人が」って言われるたんびに、「あたしはそんなに大それた人間じゃない」、「本当にごくあたりまえに生活をしている人間なのに、なんで普通に見てくれないんだろう」

もちろんそれは贅沢な悩みなのかもしれないし、、、。もしかして本当にこの仕事、やっていても全然うまくいかなくって本当に、、、恵まれているあたしっていうものを見て、うらやましいって思ってくだすってる方かちが、あたしのこんな言葉を聞いたら「なんて贅沢な」って思うかもしれない。

でも、やっぱり、、、それはそれなりにね、いろいろ思うところもあるんですよね(微笑)。

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.9.28放送より)

◆まとめ 

  1. 「仕事」は生活の中の一部分と考え、私生活から除外しよう
  2. 「タレント」「アイドル」いつもそんな肩書きばかり気にしていたら自分がダメになってしまう
  3. ごくあたりまえの人間の価値観が本当に大事なんだ
  4. 芸能界で自分を失わずやってこれた。引退後もっと結論がでるだろう
  5. 贅沢な悩みかもしれないけれど、あたしはそんな大それた人間じゃない、普通に見てほしい
  6. (筆者感想)今回9/28の百恵ちゃんトーク、前回よりテンポよくたくさん喋ってくれた。有言実行、まじめな仕事ぶりを垣間見れた
  7. (筆者感想)「ごくごくあたりまえの人間っていうものの価値観が本当に大事だったんです」と、百恵ちゃんがここまでこだわって繰り返し言っていたとは、今回(2018年)初めて身に染みて知りました。大スター扱いに戸惑っていたことも強調していました
  8. 改めて最初の言葉を⇒「一生懸命に話してみます。あたしの心受け取ってください」


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今回9/28トークと同様の気持ちを込めて作った作品だと思います。横須賀恵(山口百恵)作詞。「♩あなたは夢だと人は言う、、、」

⇒ 山口百恵「一恵」

宇崎竜童さん曰く「歌うコンピューターみたいなところがあった」

⇒ 山口百恵「夢のあとさき」1980/06/15②~宇崎竜童が語る「横須賀と百恵ちゃん」

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