山口百恵「夢のあとさき」1980/09/21②引退直前トーク「21年間生きてきた山口百恵のひとつの終結」

みなさんの思い出の中に「山口百恵」がふと浮かんでくれる、そんな仕事だった。本当にしあわせだったと思う

◆あたし自身と「山口百恵」その差についていけず悩んだ 

ラジオ「夢のあとさき」は、1980年4月6日から1980年10月5日までニッポン放送他から放送されました。番組開始時すでに、山口百恵さんが三浦友和さんと結婚すること、百恵ちゃんは芸能界を引退することが公表されていました。10/5最終回は「武道館ファイナルコンサート」が行われた日です。)

9/21①の続きで、
今度は「山口百恵」本当の自分と評価とのギャップについて語っています。

(百恵ちゃんのトーク)

 

で、まあ「歌手である」っていうこと。やはりある意味で、自分自身の中にある自分。それから周りの人たちが見る「山口百恵」。そことの差っていうのが、やはり今までホントに大きすぎたように思うんですね。

自分の中で、、、自分を評価したとき、あたし自身はもしかしたら横須賀のいち中学生だった時代から、そんなに変わったなっていう変化を自分で感じていなくっても、

でも「歌手・山口百恵」っていうものは、一般、まあファンの方たちであったり、それからこの世界、芸能界といわれるところで仕事をしている人たちが評価してしまうと、それがとてつもなく大きく、どんどんどんどん膨れ上がってしまう。


いろんな言葉で表現されましたもんね、、、。

あの、例えば「20年に一人出るか出ないかの大スターである」とか、「美空ひばりさんの再来である」とか。

そんなことをたくさん言われたけれども、やはりその「山口百恵」っていうものと、あたしの中のあたし自身っていうものと。その差についていけなくって、うんと悩んだ時期ってホントに多かったんです。

だからといって抵抗してみたところで、あたしの力なんていうのはホントにちっぽけなものだし。だからあたしはそれをあえて否定するみたいなことはしてこなかったし、する必要もまたないと思ってたんです。

ただ自分が流されないで、自分は自分としてちゃんと持っていて、それでいて周りがどんな評価を自分に下しているのかっていうことを割合冷静に聞けて、判断できていればいいなぁって。うーんそんな風に思いました。

だから、もちろんあたしは歌手であったり女優であったりする以前に、あのひとりの人間だし、女だし。家族もいるし、もちろん、え、、、まともな感情を持った人間なんだから、泣きもすれば笑いもするし。

そういったものとただかけ離れて見られてしまうっていう悲しさは、ん、、、とっても多かったんじゃないかなぁって。

うーん例えば、そうだなぁ。歌手である、女優であるっていうことの中に溺れてしまうことはなによりも簡単なことだったんじゃないかな、そんな気がするんです。

だけど、たまたまいい友だち、それから家族、いいスタッフ、そういった人たちに巡り会えたおかげで、それに溺れるっていうことが、自分で言うのも変かもしれないですけど、本当になかったように思うんです。

例えば、うーんそうだなぁ学校時代のお友だちも、今も全く変わらずに付き合うっていうことができているし。もし彼女たちが、あたしを一人の「芸能人・山口百恵」として、ただそれだけの見方で接してきていたとしたら、

やっぱりあたしの人生今きっと変わってただろうなって思うし、もっともっと違った感性を持つ人間に成長していたんじゃないか。ってふっとそんなことを思いました。

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.9.21放送より)

◆百恵ちゃんの真骨頂。ずっとファンである一つの理由 

この放送回
百恵ちゃんの真骨頂だなと思うのは
考えを一つ一つゆっくり言葉に変えて
落ち着いた低めの声で伝えていること

もしかしたら少し疲れがたまっているのか
気づかないほどかすかな声のかすれ、鼻声
それを圧する気迫、意志、集中
ちょっとゾクっとします

百恵の語り、これは一体なになのか?
聴いているだけの私を
すーっと地に落として
人生を肌に感じさせてくる

一つ結論を導くなら
「すーっと地に落としてくれる」
これこそ私が山口百恵を追いかけ続ける
理由の一つだと
一つだったと、思います

天に昇らせてくれるのと逆だねなんて
言われるかもしれないので補足すると

気づかぬうちに、
ほんの1センチでも浮足立ってた自分、
ふわふわしていた気持ちが

低くしっかり地面に着かされる
打ちのめされる
そんな感覚です

もうずっと昔
少女の頃から思っていました
「この人の声を聴いて
この人のファンでいれば
私は自分の道を大きく踏み外さないで
歩いていける」

そんな安心感
不思議です

◆「う~んと悩んだ」自己像の分裂 

・自分が評価する自分=横須賀の一中学生のまま
・周囲から評価される自分=大スター、美空ひばりの再来、、、

・「歌手・山口百恵」が
とてつもなく大きくなり
どんどんどんどん膨れ上がってしまった

ただの一個人の人間が
こんな風になって
それを訴えている
恐ろしいな、、、

・その差が大きすぎた
・ついていけない
・うんと悩んだ時期が本当に多かった
・かけ離れて見られてしまう。とても悲しい

百恵さんは
自分を客観視できる人だった
その目はとても明瞭だったから
余計にへだたりを感じやすかった

「そんなギャップはないんだ」って
自己暗示でもかけてしまえばラクだが
もちろんそんなごまかしはできない

一番簡単なのは
「その中に溺れてしまうこと」
でも友達、家族、スタッフたちとの巡りあいで
溺れずにすんだと言っています

完全な引退という道を選んだ
百恵ちゃんという人間が
今回の話で少し見えた気がします

それから、
ちょっと思い出してみてください
さだまさしさんの百恵分析、
「とっても繊細な娘で、感受性豊かで、、、」
という言葉を

◆「山口百恵」っていうのはひとつ終わりを告げる   

(百恵ちゃんのトーク)

あの、、、あたし、もちろん今までのこの8年間の仕事を含めた21年間。21年間生きてきて「山口百恵」っていうのはひとつ終わりを告げる、終結する。

でも、そこで人生すべてが終わるわけじゃなくって、また、こう新しいものがどんどんどんどん生まれていくだろうし。また生んでいかなければ、やはりそこであたしは終わりだと思うし。

ただそこで、こう1つ今現在、ここで、本当に、自分の中で終結できたんだ、ピリオドを打てたんだな、そんなものを本当に確認したいなと思って。実は、、、うーんもう読んでくだすったかどうかわかりませんが(微笑)ええ、、、『蒼い時』という本を書きました。

昨日発売に、、、なってるはずなんですけどね。
あの、、、これはあたしの中で、すべてをさらけ出すっていうことではなくて、自分自身確認することによって、自分の中の、すべてに「1つ」終わりを告げよう。

ここへ、確認すると同時に、今21歳のこの時点に置いてゆこう。そして「ゼロ」「真っ白」っていう状態から、またスタートしたいな。そう思って、それをするために、、、なれば、と思って書いた本なんです。

この本を書くにあたっても、それをホントに身近で一緒に夜遅くまで原稿をチェックしたりしてくだすった方もいます。それに、静かに見守ってくれた会社の人とか、それからもちろん、、、彼も、とっても大きな理解を持って見守ってくれました。

そして、ファンであるみなさんも。
あの、、、これからあたしは、仕事を辞めて、家庭に入って、もちろんステージで歌ったり、芝居をしたりっていうことは辞めてしまうわけですけれども。

でも、みなさんの中に一つの思い出として、、、そうですね「山口百恵」っていう歌を歌ったり、芝居をしたりしてきた人間が、みなさんの思い出の中のいろいろな出来事とダブって、あたしの名前であったり、あたしの顔であったりっていうものが、ふっと、、、ある時浮かんでくれるような。そんな仕事だったと思うんですね。

そんな仕事をしてこれたことっていうのは、本当にしあわせだったと思うし、まあだから何年か経ったときに、あたしがみなさんを思い出しても、みなさんがあたしを思い出しても、本当に「笑顔」を思い出せるような、

まあもちろん本当に残り少なくなってしまいましたけれども、その間に「そういう思い出を作っておきたいな」って、今ふと思ってます。本当にあの、、、言葉不足で、申し訳ないなと思いながら今しゃべってるんですけどね。

で、来週はもっともっとあの自分の頭の中を整理して、まだ話したいことがいっぱいあるんでしょうけど、あの、、、今一瞬にして思い出すことが(笑)できないという、、、とてもね、残念な気もするんですけども。

でもまあ来週は1つでもあの多くのことを、わかりやすくお話しできたらいいななんて思っています。

♩曲~山口百恵「夜へ」(歌:山口百恵、作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童、編曲:萩田光雄)

今夜の「夢のあとさき」いかがでしたでしょうか?

今までずっと長い間応援してくだすったみなさんに、少しでもあたしの心を届けられたらって。まあそんな気持ちで、お話ししてきたんですけれども。なんとなくいまひとつ言葉が足りなかったような、、、そんな思いで今お話ししてます。

あ、来週はひとりの女、ひとりの人間としてのあたし自身について、いろんなお話しをしたいなぁ、なんて思います。来週も、ぜひぜひええ、、聴いていただきたいと思います。お楽しみに。

「夢のあとさき」。構成、宮下康仁、お相手は山口百恵でした。
それでは、また来週お会いしましょう。

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.9.21放送より)

◆自分自身を確認し、今21歳のこの時点に置いてゆこう 

・「今21歳のこの時点に置いてゆこう」

今改めてこの言葉を聴いたとき
ご本人の気持ち
ものすごくわかりました

次のスタートを切るために
ゼロの状態に戻す必要があった
そんな分岐点について考えてみました

考えているうちに気づいたのは
「山口百恵」という大きな仕事
これを終えて
結婚して一般的な生活を始める

この大きな切り替えに必要な儀式として
きちんとピリオドを打つこと
置いてゆくこと
とても大事だったのだと思いました

つまり私という一般の人間は
普通の生活を愛しながら
その中で就職、独立、結婚、等々
その都度、新たなスタートを切るには切るけど

いつも自分自身でいられた
変化する自分と、変化する前の自分は
なだらかな道でつながっていられた
意識しないがとても幸せなこと

でも「芸能人・山口百恵」は
前半のトークでも本人が話していたように
自己像がものすごく分裂していた

本当の自分から
どんどんかけ離れていってしまった幻は
生活に入るまえに置いていきたい
置いていく必要があった

百恵ちゃんが
横須賀の一中学生のときと何も変わらない
一人の山口百恵になれたことを
願っております

◆まとめ 

  1. 自分の中にある自分と周りから見る「山口百恵」。その差が本当に大きすぎた
  2. 自分が流されないで、周りの評価を割合冷静に聞けて、判断できていればいいなと思った
  3. 私だって泣くし笑う。まともな感情を持った人間。それとかけ離れたものに見られてとても悲しかった
  4. 21年間生きてきた山口百恵はここでひとつ終わりを告げる
  5. また新しいものがどんどん生まれていくだろう、生んでいかなければいけない
  6. 『蒼い時』という本を書き自分を確認すると同時に、今この時点に置いてゆこうと思う
  7. そしてゼロから、真っ白な状態からまたスタートしたい。そう思って書いた本
  8. 山口百恵という人間が、みなさんの思い出の中の出来事とダブって浮かんでくる、そういう仕事だった
  9. 何年か経ったとき笑顔で思い出せるような思い出をつくっておきたいな
  10. (筆者感想)百恵ちゃんがゆっくり自分自身を語る。聴く私をすーっと地に落としてくれる。そんな語りは山口百恵の真骨頂
  11. (筆者感想)冷静に客観視できる百恵さんだから、周囲の評価とのギャップに悩み、実像とかけ離れて見られることが余計に悲しかったのだろう
  12. (筆者感想)「山口百恵」を名乗る巨大な幻が一人歩きしてとても悩んだ百恵ちゃん。その気持ちに同化したら「今21歳のこの時点に置いていこう」という言葉がとても胸に響いて、、、(泣けて困った)
  13. (筆者感想)『蒼い時』を書き終えたことで、横須賀の一中学生のような一人の山口百恵に戻れていてほしい
  14. この放送回でさだまさしの「飛梅」がかかったらしい。百恵ちゃんの選曲だろうと思う。(私も大好きな歌!こういうのがすごく思い出になるんですよね)


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