山口百恵「夢のあとさき」1980/09/21①引退直前トーク「歌手としての7年半」

「あなたはだれのために歌ってるんですか」と聞かれて 

◆最後の3回、真っ白なページに心を綴りたい 

ラジオ「夢のあとさき」は、1980年4月6日から1980年10月5日までニッポン放送他から放送されました。番組開始時すでに、山口百恵さんが三浦友和さんと結婚すること、百恵ちゃんは芸能界を引退することが公表されていました。10/5最終回は「武道館ファイナルコンサート」が行われた日です。)

ラジオ「夢のあとさき」
今回は9/21放送分。これ含めあと3回で終わり。今回と次回は特別構成になっていて、時間枠全て山口百恵さんのおはなしです。

(百恵ちゃんのトーク)


いつの間にか9月も半ばを過ぎてしまいました。

4月から始まったこの「夢のあとさき」ですが、今日を含めてあと3回で終わり。なんだか(笑)信じられないような気持ちです。

最後の3回の放送を一体どんなかたちでお送りしようか、いろいろ考えたんですけど。そして、あたしなりに考えたのは、今日と来週、この2回は真っ白なページをいただいて、そこにあたしの心を綴ってゆきたいな。そんな風に思いました。

今あたしが思っていること。心のつれづれなるままにお話ししたいと思います。

もしかしたら、、、うまくお話しできないかもしれません。でも一生懸命、この心、うそのないようにお届けしたいと思います。

「夢のあとさき」最後まで、、ゆっくり聴いてください。

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.9.21放送より)

◆4月に始まってもう9月 

番組は全27回だったようです。

春に放送開始してこの回が25回め
もう季節は秋なんですね

百恵ちゃんはいつもよりゆっくり語っています
「最後まで、、ゆっくり聴いてください」
間がありました
なんて言おうか、言葉を選ぶ感じ

山口百恵さんの魅力を
ブログでなんとか紹介したいな
と思ったとき

「夢のあとさき」のこの回と次回は
外しちゃいけない!と思った
それがラジオ紹介のきっかけでした

◆「一生懸命、うそのないように届けたい」その誠実さ 

「今日と来週は真っ白なページをいただいて」
これが百恵さんの選んだやり方

ラジオを聴いてくれている人たち
私を応援してくれた
ファンたちがいる
さらっと過ぎてしまうわけにはいかないって

なんというか、、、
山口百恵は姿を消してしまった
その現実だけを見ると
本当に人って姿を消せるんだ、、、って

残された悲しさから
どうしてもういないの?
ついそんな気持ちになってしまう

でもこの放送があるから
思い出せるんですよね
百恵さんは誠心誠意
言葉を尽くして
気持ちを伝えてくれたと

姿は消したけれど
残してくれた心がある
ちゃんと胸にとめておこう
そうじゃないと申し訳ないような気もする

ただその残してくれた心に
触れるのが辛いときもあり

こうして長々と次にいかず
綴ってしまいました(笑)

次にいきましょう

◆好きで歌を歌いはじめたのは間違いないけれど…… 

(百恵ちゃんのトーク)

真っ白な便箋に、青いインクで文字を落としていくように。あたしの心を、あなたに届けます。

今週は、ひとりの歌手として、ひとりの役者として歩いてきた8年。仕事の面について、いろいろと振り返ってみたいと思います。

実際仕事を始めたのが14歳。その時点では「あたしは20歳になってもまだ歌を歌ってるんだろうか」「18ぐらいでもしかしたら歌、、、辞めてしまってるんじゃないだろうか」そんな風に思っていた時期もあったんです。

でも、実際はホントに時間っていうのは容赦なく流れてしまって、あっという間にもうあたしは21も半ば。正確には、ええ、、、ちょうど7年半、歌を歌ってきたっていうことになってしまうんですよね。

で、あたしにとって「歌」。前に「あなたはだれのために歌ってるんですか」って聞かれて、とっても困ったことがありました。

だれのために。これは、、、そうですね、無理に「だれのために」っていう言葉に答えるとしたら、本当にあたしの歌を必要としてくれてた人たちのために歌ってきたんだし、

そしてまた、おこがましい言い方かもしれないけれども、自分自身のために歌ってきた。そんな部分もあるんです。

そうですね、、、自分がもちろん好きで歌を歌いはじめたっていうことは、間違いのないことなんですけれども、

その中でやはりそれが職業化されてしまったときに、とっても歌うのが嫌っていうんじゃなくて、怖くなってしまった時期って確かにあったんです。

だからといって辞めたいっていう気持ちはありませんでしたけれどもね。

でもその時期、毎日毎日、同じ一曲の歌を何度も何度も歌って。それに、どこか地方へ行って、コンサートをやったとしても、駅と会場と、もしかしたらホテルと、その三か所。

その他の街も季節も感じる余裕がなかったし、また感じる時間を許される状況ではなかった。

そういうことからね、きっといろんな思いの中で歌うことが苦痛であったりっていう気持ちになってしまった部分も多かったんじゃないかなって思うんですけど。

でもそれは、そうですねやはりスタッフとのめぐり会いもあったでしょうし、それから、、、う~んもちろん自分の中で「歌」っていうものをその都度聞いたり、実際自分で歌ったりってしてくる中で、

「ああそうか。こんなに素敵なものだったんだ」っていうことを少しずつ感じて、わかることができて、

今はもう一日にホントに5回でも10回でも、同じ歌を驚くほど新鮮な気持ちで歌えるっていう自分がいる。とても驚くことがあるんですよね。

「歌手である」っていうこと。やはりある意味で、自分自身の中にある自分。それから周りの人たちが見る山口百恵。そことの差っていうのが、やはり今までホントに大きすぎたように思うんですね。

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.9.21放送より)

◆歌、辞めてしまってるんじゃないだろうか 

14歳でデビューした頃
4年先の想像をしていました
18歳くらいで辞めてるんじゃないかと

どんな気持ちから
そう思ったのか??

人気稼業ですから
生き残れるかどうかの不安
それから
自分から仕事を離れる可能性も

不確かな世界です

一つ言えそうなことは
百恵さんは14歳の頃

「生き残って少しでも長くこの仕事続けたい!」とか

「50年後ですか?もちろん歌っていたいです(キッパリ)」といった長期的なビジョンは持っていなかったみたいです。

がっつりオールを持って
船を漕ぐのではなく

自分なりに
いろいろな思いを抱えながら
水の流れのように流れてきた
そんな姿に見えました

◆歌うことってこんなに素敵なものだったんだ! 

・歌うのが怖くなった
・歌うことが苦痛だった

7年半の間に
ネガティブな思いが
生じたこともあったことを告白しています

・職業化された歌
・毎日同じ歌を何度も何度も
・季節感を感じることも許されない

・自分が好きで始めた歌、それは間違いない
・辞めたいとは思わなかった

仕事は忙しくヘビーだったことでしょう
歌との関係はそれでも変化していき
乗り越えることができた

・スタッフとの出会い
・自分の中で歌うことの素晴らしさを再発見できた

と、歌う喜びを復活させたのです

◆歌を愛することができてよかった。未練はない 

・「一日に5回でも10回でも、同じ歌を驚くほど新鮮な気持ちで歌える」
これが引退間際の百恵さんの言葉

どう考えたらいいのでしょう
「天職・歌手」をやっていくなら
さあ、ここから!です

他の歌手の方も
こうした壁にぶつかることがあるでしょう
どこかで乗り越えて
歌うことの素晴らしさを再び見出す

そうやって道が開けたら
「道が開けた!あとは歌と共に生きるのみ」
と腰を据えて仕事を続けてらっしゃる
そういう方いるでしょうね

自叙伝『蒼い時』を見てみました

引退ということを前にして、自分にとっての歌というものを考えてみた。

今、つくづく本当の意味で、歌というものを愛することができてよかったと思っている。

皆との出逢いもなく、職業化されて歌うことに嫌悪を抱いたまま辞めていくのではないということが、私にとって大きな喜びとなっている。

 当時のままの私だったら、子守唄を口ずさむことすら忘れてしまったかもしれない。

だが、再び純粋に歌が好きだと言いきることのできる今、私の中での歌がひとつの頂上をきわめた状態にある今、歌手という職業を辞めていくことに未練はない。

(「蒼い時」山口百恵著、集英社文庫、p133~134より)

・歌がひとつの頂上をきわめた状態にある今

やっとたどりついた頂点

「よし、ここからが本当の始まり」か
「よし、これで未練はない」なのか

どんな物事にも
二通りの捉え方ができますよね

どっちであれ
「この選択でいい!」
そんな潔さ、晴れやかさがあります

花がふわっと
理想的な形で開く
すると
のんびり鑑賞する間もなく
ふと目の前から消える

あっていいなと思います
こんな引退
素敵だなと
今だからそう思えるのだろうか

やはり水の流れみたいです
水はしなやかに
方向を変えて流れる

◆追記
『蒼い時』にこんな言葉が
「私は、二十一年間、風に従って生きてきた」
と書かれていました(p214)

◆まとめ 

  1. ラジオ放送4月に始まってもう9月半ば。なんだか信じられない
  2. 今あたしが思っていること。一生懸命お話します
  3. 14歳の頃、18くらいで歌辞めてるんじゃないだろうかと思った
  4. 毎日同じ歌を何度も歌い、歌うことが苦痛だったこともある
  5. 自分が好きで始めた歌。辞めたいとは思わなかった
  6. 歌「ああそうか。こんなに素敵なものだったんだ」と少しずつわかった
  7. 同じ歌を驚くほど新鮮な気持ちで歌える自分がいる、今
  8. (筆者感想)引退直前2回のラジオトークは聴いておいてほしい
  9. (筆者感想)百恵ちゃんは引退に際してファンに誠実さをつくしてくれた
  10. (筆者感想)しなやかに方向を変える水の流れ。そんなイメージの百恵さん
  11. (筆者感想)自分の中で頂点を極めた、未練はない。そういう潔さもいいと思う
  12. (筆者感想) 「子守唄を口ずさむことすら忘れてしまったかもしれない」と。そうならなくて良かった

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