山口百恵「夢のあとさき」1980/07/20①「秋桜」が誕生するまで

さだまさしさんの世界を私なりに歌ってみたら、、、1977年秋「秋桜」やっと発売

◆夏の思い出「新聞配達」、今は仕事仕事の毎日! 

ラジオ「夢のあとさき」は、1980年4月6日から1980年10月5日までニッポン放送他から放送されました。番組開始時すでに、山口百恵さんが三浦友和さんと結婚すること、百恵ちゃんは芸能界を引退することが公表されていました。10/5最終回は「武道館ファイナルコンサート」が行われた日です。)

オープニングトークは夏休みの思い出。

(百恵ちゃんのトーク)

7月も半ばを過ぎ、そろそろ全国的に夏休み。大学生の方はもういなかに帰ってしまった人や合宿に出かけた人、高校中学の方はこれからの休みをどう使おうかな~なんて(笑)考えてる真っ最中なんじゃないかしらね。

私は夏休みどころでは、ないんです。仕事仕事の毎日が続いてるんですよね、残念ながら。

忙しい中、ふっと昔の夏休みを思い出すことがあるんですけど。そうですねぇ取り立てて長い期間で旅行をしたなんていう思い出はないんですけど。

友だち同士で海へ行ったり、う~んそれからそうそう新聞配達をしたなんていう思い出もありますね。中学1年の夏休みに。

あの~ちょうどその時「器械体操」をやってましてね、じゃあトレーニングにもなるし引き受けようか、な~んて朝刊だけやったんですけど、もう夏休みの後半になるとねっ、、、その決心もどこへやら。もうただひたすら眠いと。

そう眠気との闘い(たたかい)という感じのね、、、経験でしたけども。でもいい経験ができたななんて思ってます。いい思い出でした。

みなさんの夏休み。今年の夏。どんな思い出ができるんでしょうね。ちょっと楽しみですね。

こんばんは、山口百恵です。さあ今日も「夢のあとさき」でお楽しみください。私の歩んできた道を綴る「ザ・ストーリー」。今日はあたしにとって、これまた忘れられない歌「秋桜」のお話をしたいと思います。題して「1977、オータム」。

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.07.20 放送より)

「中学1年の夏、新聞配達をした」
眠気と戦い朝刊を配る山口百恵ちゃん。

自叙伝『蒼い時』でも、新聞配達の経験を綴っています。本から状況を抜粋すると、、、

「肩からさげる布のベルトと軍手」、「住宅街を百軒、団地を五棟」、「四時から始めて六時を過ぎていた」、「配っていた新聞は全部で5種類」「歩いて回る」、、、「あの四十日間で、私は十分すぎるほどに叱られ慣れてしまったようだ(『蒼い時』山口百恵著、集英社文庫より)

やりきったのならスゴイこと。根性ある。そして、素直に「この子供なんかいい子だな」と思いました。

◆さだまさしの歌と出会い「秋桜」が誕生するまで 

本題の「秋桜」。曲を依頼して出来上がるまでの経緯などを語っています。

(百恵ちゃんのトーク)

♪曲~「精霊流し」(歌:グレープ、作詩:さだまさし、作曲:さだまさし、編曲:グレープ)(出だし以降1番途中までトークのバックに流れる)

あたしがさだまさしさんの存在を知ったのは、やっぱりこの歌「精霊流し」。この歌の頃は「グレープ」としてね、よくテレビ出ていたんですよ、さださん。

ほっそりとしてこう、なんて言うんだろう線の細い印象でね。まわりの歌い手さんたちとちょっと、なんか違うな、、、っていう感じは受けてました。そのうち次々と素晴らしい歌を送り出したさだまさしさん。一体どんな人なんだろうなぁなんて、ちょっと興味深かったりもしたんですよね。

あたしはグレープの歌で「精霊流し」とか、、、「朝刊」。とってもあったかーい感じがしてね、好きでした。

であの、、、レコーディング以前に、まあグレープ時代ですよね、さださんとお話しをしたっていうことは確かなかったように思うんですよね。で、確かにさだまさしさんの歌っていうのは好きだったし、でもあたしに歌えるっていう世界では決してないっていうイメージで、ずっと思っていたんですよね。

でも、さださんがグレープ解散して、一年後ぐらいだったかしら、『帰去来』というアルバムを出して。『帰去来』というアルバムを聴いたときにね、「あ、歌いたいな、、、」てふっと思ったんです。

こんなに繊細で、こんなにデリケートな世界を、あたしなりに、うーん、女っていういろいろな様々な感情とかそういうものの中で、さださんの歌の世界をとらえたらどんな風になるんだろうなぁって、ちょっと興味深かったっていうのかな。

それでぜひぜひ歌いたい、っていうことでまた(笑)お願いしたんですけど。実を言うと「お願いします」って言ったのが、、、たしか8月、、、ぐらいだったんですよね。

で、まあさださんもその話は受けてくだすって。ただ「いつできるか期限はわかりませんよ」っていう話だったんですよね。で「とにかくいつできても結構です」。

やっぱりいい歌を歌いたかったし、まあ時間で制約してしまってさださんの世界っていうものが壊れてしまったら、さださんの歌を歌う価値がなくなってしまうからね、「いいです」っていうことでずっと待ってたんです。

8月にお願いして、えー次の年が明けまして、「じゃあ2月に出来ます」。で、2月になりました。「すいません。まだ出来ないんで4月になりそうです」。4月にもできない。で結局6月にできてきたんですよね。

ですから約10ヶ月、かけてさださんが創ってくださった歌だったんですよね。で一番初めは「秋桜」というタイトルではなくて、「小春日和」というタイトルで出来てきたんです。


初めてこの歌を聴いたとき、あたしはどちらかというと、こう「お母さんっ子」っていうのかな。「母」という人の存在に対してとても大きなものを感じているタイプの人間なんで、この歌を聴いて、、、ものすごく感動しちゃったんですね。

自分が歌うっていうこと以前にものすごく感動しちゃって。とにかくう~ん、、、精一杯歌いたいって思ったし、この歌はもうぜひとも、自分の中のひとつの、そうだなぁ「私小説」感覚でね、ホントに自分のドキュメントっていう感覚で歌いたいな、、、って思った歌なんですけどね。

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.07.20 放送より)

◆あったかーい歌「朝刊」とは? 

「朝刊」
作詩・作曲・編曲:さだまさし

グレープ5枚目のシングル
1975年8月発売です

その翌月9月21日には
百恵ちゃん10枚目シングル
「ささやかな欲望」が発売されました

「朝刊」を聴いてみましょう
ハープ、小鳥のさえずり、ヴァイオリン
と、、、モダンでいい感じのイントロ

若い夫婦
見守る親父とお袋
ほほえましき日常風景は
レトロ感たっぷり

こんな歌詩たちが出てきます
「また巨人が負けたってさ」
「新しいエプロンもかわいいけど」
「僕の好物のカラスミを」
「ドジだけは日本一」

「カラスミ」のところを
リスナーに聞きとってもらおうと
がんばっているのか
強調して歌うさださん

そして「ドジ」って、、、
時代ですね

こういう歌を
あったか~い感じがして好き
と言った山口百恵
なんかいい

ドーナツ盤の「朝刊」は
「ジャケ買い」必至のシロモノです

◆当初「小春日和」というタイトルだった「秋桜」

日本の歌百選にも選ばれた「秋桜」
1977年10月1日に発売されました

最初は「小春日和」というタイトルで
出来上がってきました

けっこう知れ渡っている話ですかね

冒頭すぐに
「淡紅の秋桜が秋の日の」
秋桜、がでてきます
この1度のきり「秋桜」が
タイトルなんですね

当時、聴いたときも
冒頭1度しか出てこない
「秋桜」というワードが
タイトルなのはおもしろいなと
思った記憶があります

サビで
「こんな小春日和の穏やかな日は」と
「小春日和」は合計2度登場する
たしかにこれ題名でよさそう

おもしろいのは
同じフレーズなのに
1番と2番の出てくる場所が
違っているという点

うっかり歌詞を入れ替えちゃうと、、、

「こんな小春日和の穏やかな日は
あなたの優しさが浸みて来る

こんな小春日和の穏やかな日は
もう少しあなたの子供で
いさせてください」

あれ?歌えちゃう
但しこの場合
最初の♩こんな~と
2度目の♩こんな~は

気持ちのこめ方を変えて
表現しないといけない
(窮地に立たされます)

タイトルに関してWikipediaをみると

本作は元は「小春日和」というタイトルだったが、曲を聴いたプロデューサー(CBSソニーの酒井政利)の提案で「秋桜」に変更となった。

当初、さだはタイトルの「秋桜」を、「コスモス」と読ませるつもりはなく、本来の和名である「あきざくら」とするつもりであった(さだは後に短編小説集『解夏』中に「秋桜(あきざくら)」という作品を出す)。

本作のヒットにより「コスモス」というそれまでになかった読み方が広まるようになった。

(「秋桜」 (山口百恵の曲) Wikipedia より引用)

「小春日和」か「秋桜」か
「こすもす」か「あきざくら」か

<2文字>の漢字で
季節は「秋」と明確に出し
ぎゅっと締まったビジュアル

ほのほのと漂う
花の色のイメージ
それがいいですね「秋桜」

◆まとめ 

  1. 中1の夏、眠気と闘いながら新聞配達をやりきった根性ある少女・百恵ちゃん
  2. グレープ(さだまさしと吉田正美による音楽デュオ)の曲「精霊流し」でさだまさしの存在を知る。ほっそりとして、線が細い印象でした
  3. さだまさしの繊細な世界を「歌いたいな~」と思ったのは、さださんソロ活動1作めのアルバム『帰去来』を聴いたとき
  4. 山口百恵サイド「ぜひ歌いたい」と曲を依頼。「いつできるかわかりませんよ」とさだサイド
  5. 8月に曲を依頼して、2月に出来ます、4月に出来ます、、、6月にやっとできた。偶数月に約束したがるさだまさし
  6. 初めは「秋桜」ではなく「小春日和」というタイトルだった
  7. 初めて「秋桜」を聴いたお母さんっ子の百恵は「ものすごく感動してしまった」
  8. 「秋桜」は自分の中の私小説。精一杯歌いたい!と思った百恵ちゃん18歳
  9. (筆者感想)「朝刊」という歌を「あったかーい感じで好き」言った山口百恵の人柄がいいな~と思う。時代を感じるおもしろい歌です
  10. (筆者感想)「秋桜」は1回「小春日和」は2回歌詩に登場。両方を味わいながら歌ってみるのもいい

秋桜
カテゴリ: J-Pop

精霊流し (シングル・ヴァージョン)
カテゴリ: 歌謡曲


朝刊 [EPレコード 7inch]

こんな記事も

◆「秋桜」についての記事でも、このラジオ放送から少し引用しています

⇒ 山口百恵「秋桜」

◆さださんの百恵ちゃんへの提供曲はもう1曲。「秋桜」B面の「最後の頁」

⇒ 山口百恵「最後の頁」

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