山口百恵「夢のあとさき」1980/06/08 ゴールデンドラマ「赤い疑惑」

◆百恵ちゃんが幸福に酔いしれている「パリのめぐり会い」とは?

(ラジオ「夢のあとさき」は1980年4月6日から1980年10月5日までニッポン放送他から放送されました。番組開始時すでに、山口百恵さんが三浦友和さんと結婚すること、百恵ちゃんは芸能界を引退することは公表されていました。10/5最終回は「武道館ファイナルコンサート」の日です)

オープニングのお話からです(全部ではありません)

(ラジオの百恵ちゃんトーク)

久しぶりに外国を旅行してきました。前から一度行ってみたいなーなんて思っていたイタリアのミラノを始めとして、アムステルダム、そしてパリ。この季節のヨーロッパ、そうですね17(じゅうしち)の時に、ロンドンに行ったことがあるぐらいで、まあ初めてに近かったんですけれども。

オランダ、アムステルダムはもうちょうどチューリップの季節でね。すごくきれいだったし。パリは街中マロニエがはっと燃えてるっていう感じで、すごくきれいでした。

あの、、、いろいろな街に出会い、見知らぬ人と話しをして、その土地独特の食べ物を食べ、、、そんな旅の楽しさの他に、実は今回もう一つ、とっても嬉しいことがあったんです。

最初は、本当は会える予定ではなかったあたしの彼にですね、ええパリでめぐり会うことができたんです。映画みたいでしょ。パリのめぐり会い、なーんて(笑)。ええ。とにかくすごくうれしかったんですよね。

遠い外国で、偶然のような感じで会うっていうのは、普段の出会いよりちょっと刺激的でロマンティックで。まだその幸福にしばし酔いしれている感じの(笑)山口百恵です。(小声で)言い過ぎたかな(笑)

みなさんはいかがお過ごしでしょうか?さあ今日も「夢のあとさき」でお楽しみください。あたしのあゆんできた道をつづる「ザ・ストーリー」。今日は「赤いシリーズ」のお話しです。題して「ゴールデン・ドラマ」

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.06.08 放送より)

・パリで偶然めぐり会えたのは… 

この時期のヨーロッパ旅行なら
引退記念番組のロケでしょうね

「あたしの彼に」と百恵ちゃん
「とにかくすごくうれしかった」と
こういう素直な喜びいいですね
いつも素直でありたい!

・17才でロンドンに行ったことがあるくらい 

え?この番組の5/11放送で
「初めての海外旅行」は
昭和49年(14才)
フランクフルトとパリって
百恵ちゃんが話してくれたのに(笑)

「凧あげ」の仕事だったし
忘れちゃったのかな、、、

そういえば、
百恵ちゃんの『蒼い時』
お母さんへ海外からしたためた手紙があったと思い
本を見たら
「5月15日ミラノにて」とありました
やはり引退記念番組の旅先からのようです

母への手紙の中に
「14歳の冬」の初めての海外旅行のこと
書いてありました!

 「パリでホームシックになりました」

(『蒼い時』山口百恵著、集英社文庫、P27~)

◆「あたしの彼」三浦友和さん登場!舞い上がってしまうわかりやすい百恵ちゃん

(ラジオの百恵ちゃんトーク)

ええ、赤いシリーズが始まったのは昭和49年の秋のこと。まず最初に「赤い迷路」から始まりました。そしてちょうど1年後の50年の秋、ゴールデンコンビによる「赤いシリーズ」が始まったわけなんです。

そのドラマは、ええみなさんもかなり鮮明に記憶に残ってるんじゃないかなと思うんですけれども。「赤い疑惑」というドラマでした。

このドラマは今のナレーションにもありましたけどね、あたしが扮する大島幸子という女性が白血病で、まあ死を前にしてね、その死を前にした女の子を囲むその家族であるとか、ええ恋人であるとか、さまざまな人間関係の中で、こう、、、いろいろなことを、人生ドラマを描いていくお話しだったんですけれども。

共演者。お母さん役が渡辺美佐子さん。ええそれからお父さん役が宇津井健さん。それから、、、ゴールデンコンビと(笑)言われて久しい三浦友和さんなんですけれども。

あの、、、今日は本当に突然なんですけれども、このスタジオに来てくださいまして。どなたかといいますと、三浦友和(笑)さんなんですが。なんか照れ臭いな(笑)。

百恵「どうも。こんにちは」
友和「こんばんは」(笑)
百恵「あっこんにちはじゃない(笑)こんばんは。あたしなにを言ってるんだろ。かなり緊張してるんですよね」
友和「(笑)」

百恵「あの、、、なにから話そうかな。まあこれはテレビドラマにしては初めてですよね、共演したのね」
友和「そう。これは、、、初めて初めて。で、これと(百恵これと)一緒に映画で「絶唱」をね。」

百恵「全部でまあ約半年間にわたってのドラマだったんですけど」
友和「28本!」
百恵「28本(小声)よく覚えてる」(二人笑い)

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.06.08 放送より)

・「こんにちは」「こんばんは」
「あたしなにを言ってるんだろう」

放送は夜ですから
友和さんの「こんばんは」が正解!
百恵ちゃんのあわてふためきよう
すごく伝わってきて(おもしろい)

・ゲストに未来の旦那さま 

今思えば「夢のあとさき」に
まさか三浦友和さんが出演するなんて
予想してなかった!

粋な計らいでもあり

百恵ちゃんの芸能活動の中で
テレビドラマ「赤いシリーズ」や
ゴールデンコンビの映画は
はずせない

女優山口百恵と俳優三浦友和
このお2人の仕事、作った作品
やはり語ってもらわねば

という意味で
当然の登場でもあります

◆「赤い疑惑」は関係者全員がのめりこんでいった重いテーマだった


(ラジオのトーク)

百恵「特に印象的だったシーンってなにか?」

友和「う~ん、、、あの、印象的だったシーンっていうかね、、、これ28本やってね。普通ドラマが一区切りついて、で終わったあとにね、まあ打ち上げってパーティーやるでしょ(百恵うん)あれが終わったあとにね、ああ、なんか終わった~、次の仕事はどういう感じなのかな?なんていう風に神経が飛ぶんだけどね。これが終わった時はね、なんか気が重くてね、むなしくてね(百恵ああ)一週間ぐらいぼんやりしてた(百恵(笑))なんてね、覚えがある」

百恵「それはあたしも。あのね、そうあたしはちょうどそんとき、終わった時期が17才の時で、打ち上げパーティーなんてやってもみんな二次会三次会って流れるんだけど、あたしは高校生だったから、あのパーティーだけはやって、とにかくうちに帰されたでしょ(友和うん)で、帰されてからなんかこう、すごく寂しくてね。あの、今までもその前にも二本ぐらいドラマやってたんだけども、そのドラマの終わったときとは、もう全く違った感覚だったんだけど、なんででしょうね」

友和「気がねぇ、すごく重かった。やっぱりあの、、、ドラマってのはウソでしょ。ウソをウソで見せて本当に見せるっていうねものなんだけど。これは中でね白血病を扱ってただけにね、ものすごく、それで僕らもそうだし、出演者もそうだし、スタッフもそうだし、全員が最終的にこのドラマの中にみんなのめり込んでってね、(百恵そうね)

まあ視聴者の方もそうだったんだけれども。で幸子っていう役やったでしょ。(百恵うん)で今、白血病っていうのは治らない病気とされててね、で最終的に、だから幸子、まあ死ぬか死なないかという結論がね、、、」

百恵「それもかなり喧々囂々ね(友和そうだね)、あの賛否両論あったけれども」

友和「だからみんなあの時に祈ったのはね、このドラマが終わるまでに白血病が治るというね(百恵うん)そういう医学っていうのかな、進歩しないかなとかね、そういうのほんとうに思ったね。そうすれば幸子を完全に生かすというか、希望の光が見えるみたいなね」

百恵「そうね。やっぱりあの、このドラマであたしは高校生だったけれども、でも命っていうものの尊さっていうのかな、健康っていうことのすばらしさっていうのは、あの、、、割合実感みたいな形でね、感じられたっていうのはやっぱり、あたしにとってもすごく大きな意味があったんじゃないかなって思うんだけれども」

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.06.08 放送より)

・高校生で家に帰された百恵 

「帰されてすごく寂しくてね」
幸子を演じきった17才の百恵
その寂しさ、、、
わかります

◆ずっと一緒だった友和・百恵。家族以上に気がかりだったよ!

(ラジオのトーク)

百恵「あの、、、まあドラマ以外の部分でも、さっき「絶唱」なんてお話しが出たけれども、とにかく一緒に行動する時間がとっても多かった時期でもあった」

友和「(笑)そうだね。大映テレビっていうところで「赤い疑惑」を撮っていて、そして日活のスタジオもすぐそばにあってねまたね。車で五分ぐらいのとこにね。だから「赤い疑惑」の撮影が終わってからそのまま移動して、

また「絶唱」に入って。今度は衣装だけ変えてね。(百恵うん)違う役柄やって。でまた「疑惑」に夜また戻ったり、だから大変に忙しいスケジュールだったけどね。それからまたあのコマーシャルのね、ポスター撮りで一緒だったり。もう一日中、四六時中一緒だったっていう記憶があるねあの頃は(笑)。

百恵「朝早くから夜遅くまでね、(友和そうだね)ホントにあの一緒にドラマをやってるだけでも、それだけでもホントに家族みたいな感覚になるんだけれども(友和うん)、

それ以上にもっと一緒にいたわけだから。ねえすごくいろいろなお互いの意識の中でね、お互いの見方みたいなのがすごく大きく、、、変わらなかった?(笑)変わらなかった(笑)

友和「(笑)たしかに変わっていった時期だと思う。ものすごーくやっぱりあの親身になっていろんなことがね、自分の中に入ってきたしね。

百恵「でもホントに、今、、、」

友和「きっとね、自分の家族よりもね(百恵うん)あの、心配してたと思うよ僕は(百恵ああ)。やっぱりすごくスケジュールきつかったしね。それでプラス歌やってたでしょ」

百恵「そうね、、」
友和「プラス歌っていう言い方は(笑)(百恵(笑))歌プラスドラマだけどね(笑)」
百恵「でも「プラス歌という言い方のほうがあの時はふさわしいかもしれない」

友和「車の中でね、寝てたりとかいろいろね、あったからね」
百恵「初めて一緒に(友和「ベッドの上で」)寝顔を見られた最初だった(笑)」
友和「(笑)そうだね。ベッドの上でね、寝れないなんてことがあったでしょ?かなり」
百恵「あああったね」

友和「ね。で車の中だけで仮眠っていう状態でね。うん。かなりきつかったねこの時ね。(百恵うん)最終的にはみんな忙しかった、スタッフも忙しかったしね。それだけじゃなくて他の番組もやって、歌もやってた。ものすごく心配だったねあんときはね」

百恵「個人的なこと言えば、あの時に一番、こう、、、やせ、て、いった時期でもあったんだけどもね(笑)」
友和「やせてましたね」二人(笑)
百恵「ひどくほっそり、今とは想像もつかないくらいほっそりしてたんですけれども。ホントに、ご心配おかけしまして」(笑)

百恵「ええそれでは、このへんでですね。その「赤い疑惑」の時のこの主題歌もやっぱりとっても印象的なんですけれども、ええ、いまだに聴くとなんとなくそのドラマのことを思い出したりして、ちょっとしんみりした気持ちになったりするんです。ちょっと当時のことを思い出しながらみなさんも聞いてみてください。「ありがとうあなた」」

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.06.08 放送より)

・撮影「赤い疑惑」⇒「絶唱」⇒「赤い疑惑」

ゴールデンコンビ「友和・百恵」
こうして親しくなっていきました
究極の職場結婚

・初めて寝顔を見られた 

百恵ちゃん
(車の中で寝てたのが)
「寝顔を見られた最初だった」と

友和さんは
(百恵ちゃんを心配して)
「ベッドの上で寝れないことがあったでしょ」

二人の会話がかぶって
「初めて一緒に、、、」
に「ベッド」が入ってきちゃう
リスナーみんな「一体何が??」

◆まとめ

  1. パリで彼に会えた!うれしい!と素直な百恵さん
  2. 14歳のパリ、母を思ってホームシック。21歳のパリ、恋人との邂逅で幸せいっぱい
  3. ラジオ局に「彼・友和さん」登場!あわててあいさつ間違えちゃう百恵
  4. 命あれ!とだれもが祈った、重いテーマの「赤い疑惑」を観てほしい。
  5. 二人で撮影「赤い疑惑」と「絶唱」。死を扱う作品を通して『深い愛』が生まれた
  6. 百恵、多忙で車で爆睡?「初めて寝顔を見られた」
  7. 百恵、多忙で「あの頃一番やせてたのよ」
  8. 「赤い疑惑」主題歌「ありがとうあなた」はシングル「ささやかな欲望」B面の感動ソング!

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