山口百恵「夢のあとさき」第1回1980/04/06(ラジオ)スター誕生に応募

◆プロローグ~百恵ちゃんの詩の世界

「夢のあとさき」第1回目は、
1980年4月6日日曜日に放送されました
ニッポン放送です

当時の私
毎週録音しながら聴いていましたが
その全ての音源が
手元に残っているわけではありません

残念です

「夢のあとさき」は毎回以下のような詩を
百恵ちゃんが語るところから
始まりました
(放送内容の全部掲載ではありません。あしからず)

(♪山口百恵「歌い継がれてゆく」が流れている)

鮮やかな春を歩いて
白い光の夏
つづれ織りの秋を見送り
凍てついた冬の星に出会い
そしてまた春
季節の流れは速くて遠い
まあるい夢がはじけて飛んで
そうして私は21

(ラジオ・ニッポン放送「夢のあとさき」1980.4.6放送)

ゆっくりと読んでいくんです

思い出しますね
あの頃の自分の部屋とか
春のまろやかな感じまでも

百恵ちゃんは
四季を大切に語る

私はそれを聞きながら
一緒になって
春、夏、秋、冬の
風情やにおい、暮らしまで
イメージしていました

「季節の流れは速くて遠い」

このフレーズが好きで
特に印象に残っています
(でも遠いってどういう意味)

1話めは「Star is born」~スター誕生

百恵ちゃんが番組の紹介をします

今日から始まった「夢のあとさき」
これからの半年間、全力投球で素敵な番組にしようととにかく張り切ってます。どうぞよろしく。

さて、この番組のプログラムをちょっとご紹介したいと思います。
まず前半はあたしの青春の断面を、いろいろな角度からお見せしたいなと思います。
デビューしてもうすぐ7周年を迎えるわたしですが、どうやって今日(きょう)まで、今日(こんにち)ですね、歩いてこられたか。そのプロセスを、あたしのおしゃべりで、、お話ししてみたいと思います。
一人の普通の女の子である山口百恵と、そしてタレント山口百恵。この二つが織りなすミニストーリーを聞いていただきたいと思います。

今日はその1回目。
まだ中学生だったあたしが「スター誕生」という番組を通してデビューまで。今から8年前、昭和47年。あたしは13才でした。その時のお話しから。

題して「スター・イズ・ボーン」

(ラジオ・ニッポン放送「夢のあとさき」1980.4.6放送)

※一応「わたし」と「あたし」は
私の耳が聞いたとおりになっています

とても興味深いですね

引退を前に
今だから語れる話が
いろいろ聴けそう!

「振り返り作業」の
はじまりはじまりといったところ

そう、、、
だから逆に、ひしひしと
さよならが近づいてくることを
感じずにはいられませんでした

「今日まで」を最初は
「きょうまで」と言って
「こんにち」と言い直したのも
几帳面でかわいらしいと思いませんか

(あ「こんにち」だった)って
心の中で思ったのがよくわかります

「題して”Star is born”」
ここが、かっこいい

21才の百恵が13才の百恵を語る
とわかりました

オーディション応募~軽い気持ちで思い出づくり

続いてラジオでは
百恵ちゃんが「回転木馬」(牧場ユミさんの歌)を歌っている音源が流れて

「質問その1これはだれでしょう?」と百恵ちゃんが言います

私は百恵ちゃんが
テレビ番組「スター誕生」で歌っているとわかった

でもまさか「夢のあとさき」で
「回転木馬」を聴かせてくれるとは!

なんかすごく泣けた

そのあとの百恵ちゃんのトークです

歌謡曲の番組を本当に見るようになったのは中学1年生くらいになってからなんです。

クラスメイトから「ねえ、昨日あの番組見た?」ってその歌謡曲番組の名前を言われて、知らなかったんですよね。

で、話の仲間に入れなくって、それが嫌で見るようになったんです。

そしてそんなあたしが「スター誕生」のオーディションを受けたのは13才。中学2年生の時でした。

で、その動機っていうのが、これが実に単純で、ホントに真剣にオーディション受けてる方たちに叱られてしまいそうなんですが、その辺は許してください。実を言うと本当に軽い気持ちだったんです。

テレビを見ていて、まあ「欽ちゃん」率いるその「スター誕生」という番組がものすごく見ていて楽しかったんですよね。
日曜日の午前中、そのテレビを見ながら「ああ、おもしろそうだな。あたしも出てみたいな」そんな話しを友だちと何気なく交わしたときに、友だちも「ねえ一緒にでない?」そんな話しになって、何人かでまとまってハガキを出したんです。

で、ハガキを出して(笑)その通知が来て受けに行ったんですけれども、そう本当に、落ちても、、、いい結果にでようと悪い結果にでようと、それはそれでいい思い出になるだろうな。そういう感じだったんです。だからまったく深刻ではなかったわけですよね。

(ラジオ・ニッポン放送「夢のあとさき」1980.4.6放送)

「話の仲間に入れなくって
それが嫌で見るようになったんです」

この言葉とても正直だなと

私も中学2の頃
全く同じ経験がありました

中2で友達が話題にしていたのは
バラエティー番組なんですが

私はあまり興味がなくて
見てなかった

すると皆との話題に
入っていけないんですよ全然

で、ちょっとがんばってテレビを見て
面白いところを探して
教室で「見た見た!面白かった」
なんて

こういうささいなことも
百恵ちゃんが私の支えになってた
理由のひとつかもしれない

話がそれましたが

歌が好きで「軽い気持ちで」応募する
って、若い頃にはありがちです

昔のクイズ番組で
「アメリカ横断ウルトラクイズ」って
ありましたが

クイズ好きな知合いが
「軽い気持ちで応募」しました
パスポート持って旅支度で

ダメでも思い出になる!と

結果は「後楽園球場」のフィールドにも
降りれず敗退

百恵ちゃんとは結果が
あまりにも違いすぎますが
「ノリ」としては一緒な感じがしました

百恵ちゃんも
そんな「軽い気持ち」だったと
伝えています

ついでに、
歌手になろうとしたことについて
『蒼い時』(山口百恵著)を見てみると

「経済的な状況から逃げるためだったのではないか」と
ほとんどの人から言われるが、そうではないと否定しています。

ラジオの百恵ちゃんの言葉を
そのまま受け止めるべきでしょう

百恵「こりゃあかん」~有楽町そごうに700人!

続きを聴きましょう

初めてその予選を受けた日。
有楽町のそごうデパートの8階だったと思うけれども、そこのホールへまず何百人というオーディションを受ける人たちの中から、テレビに出る人、まあですから当時は7人ずつオーディションだったので、2週分だから14人かな。

その14人を選ぶために朝の10時から、行ってずーっと並んで。あたしは予選番号が確か「101番」だったんですけれどもね。

まあそのオーディションを受けに来ていた人の多いこと多いこと。だいたい700人ぐらい。

もうその人数を見ただけで「こりゃあかん」と(笑)このように思いまして(笑)。

でもなぜか、、、ホントに運というのは時にはとってもいたずらだなと思うんですが、最後の最後まで残ってしまって。

そして、いよいよテレビに出演しなければいけないというはめになってしまった。

で、そのテレビの予選会をやったのが、後楽園ホールだったんですけれども。
横須賀から、、、水道橋まで。ずーっと電車で1人で行ったんです。意外と度胸は昔からあるほうでね。

その時に歌った歌が「回転木馬」という歌。

女性ヴォーカルでは「牧場ユミ」さんしか知らないというか、彼女が一番好きだったんですけれども、あとはみんな男の歌い手さんの歌しか知らなかったんですよね。

オンエアされたのが昭和47年の11月11日。
それから決戦大会が12月31日。大晦日だったんです。

ちょうど「スター誕生」第5回の決戦大会。もちろん歌った歌は「回転木馬」。予選会から決戦大会を通してこの歌しか歌えなかったんですよね。

(ラジオ・ニッポン放送「夢のあとさき」1980.4.6放送)

700人の中101番、合格はたった14名
列はずら~っと並んでいる

どんな気持ちになるか想像に難くありません
特に百恵ちゃん
「てっぺん取ってやる!」感じじゃないし
イヤだっただろうな、、、と

21才の百恵
「こりゃあかん」とこのように思いまして

そりゃそうですよね

「こりゃあかん」大好きです

13才の百恵ちゃんが
会場に着いたときの気持ちを
マンガで表現するなら
「たらり~」っと白く汗が2、3個
後ろ髪に付いてる絵
でしょう

それでもじいっと
列に並んでいた少女

「歌手」という天職が
彼女をつなぎ止めていたのかもしれない

横須賀から水道橋まで
ずっと電車で1人で行ったんです

この箇所
百恵ちゃんはしっかり姉さんって感じで
語ってる

さすが長女

今聴き返しても
ぐっときます(涙)

13才の少女です
名もない1人の

でもこれが、
「山口百恵」への初めの一歩
(決戦大会だから二歩?)だった

それに水道橋駅は
東京に住む私にもなじみがありまして

改札を出る少女の姿が
目に浮かんでしまうのです

こんなことをおっしゃっています

「ホントに運というのは時にはとってもいたずらだなと思うんですが」

こう思ったということ
いろんな表現の中からこの言葉を選んだということ
21才の山口百恵だからできた
と思う

また特に彼女は
運というものが時にいたずらをするのだと
身をもって感じたんじゃないかなと思います

まとめ

  1. 百恵ちゃんは「季節の詩」の朗読がとてもいい
  2. 几帳面なDJ百恵のラジオ1回目は「Star is born」
  3. 「仲間はずれが嫌で、、、」素直な行動が百恵を歌手へ導いた
  4. 「オーディションは軽い気持ちです、すいません」と
  5. ずら~っと並ぶ歌手志願者たちを見て「こりゃあかん」
  6. 「横須賀⇒水道橋⇒後楽園ホール」13才百恵と同じ電車旅してみたい
  7. 中2の百恵ちゃん、男性歌手の歌どんなのを知ってたのだろう

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⇒ 山口百恵「秋桜」

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