山口百恵「夢のあとさき」1980/05/11 初の海外旅行

◆美しい緑の季節に「ケーキ!」オープニング@ラジオ 

なんでも食べる百恵ちゃんの特に好きなものは?
番組冒頭のおしゃべりから↓

(ラジオの百恵ちゃんトーク)

♪BGM~「歌い継がれてゆく歌のように」
(歌:山口百恵、作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童、編曲:萩田光雄)

鮮やかな春を歩いて、白い光の夏、つづれ織りの秋を見送り、凍てついた冬の星に出会い、そしてまた春。季節の流れは速くて遠い。まあるい夢がはじけて飛んで、そうして私は21。
(ソニーナイトスクエア)山口百恵・夢のあとさき

目に染みるほど美しい緑の季節。
気候がいいとまたまた食欲がわいてきます。なんでもパクパクと食べるわたしですが、その中でも特に好きなのが、なんとケーキなんですよねー(笑)

青山は「ココ・パームス」のチョコレートケーキ。それから麻布「シャリオ」のチーズケーキ。千駄ヶ谷「プラムクリーク」のパンプキンパイ。えー(笑)ただ今のところ、このへんのケーキがあたしのレパートリー。だいたい一日に、、、そうですね、一回は必ず食べないと気が済まないんですよね。

でもね、東京にいるときはいいんですけど、地方に行ったときはどこのケーキがおいしいのか全然わからないんで、ちょっと悩んでるんです。どなたか「ケーキマップ」なんていうのを作って送っていただけないかな~(笑)。厚かましいお願いです。

ええ、相変わらずの「ケーキっ子」山口百恵です。

みなさんはいかがお過ごしでしょうか。さあ今日も「夢のあとさき」でお楽しみください。わたしの青春のすべてを綴る「ザ・ストーリー」。今日は初めての外国旅行。そしてコマーシャルのお話しをしてみようかと思います。

題して「ファースト・フライト」

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.5.11放送より)

・「ケーキっ子、山口百恵です」 

江戸っ子、ぶりっ子、都会っ子
この用法を応用したお言葉?
百恵ちゃんなら言いそう

先日さっそく、
「ケーキ食べたいな!私ケーキっ子だから
しばらく食べないとほしくなる」
と家族に言ってみました。
反応特になし。

まあ市民権を得た言葉ではなさそう?
ですが、この機に使いましょう

・実名でケーキ屋さん紹介 

青山「ココ・パームス」
麻布「シャリオ」
千駄ヶ谷「プラムクリーク」

1件ずつネット検索してみましたが
全て閉店してしまったようです

当時東京近郊のリスナーさんは
このラジオを聴いて
ケーキ食べに行ったんでしょうかね

高1だった私は
東京に住んでいながら
お店に行こうとはしませんでした
友達とは「竹下通り」くらい
行動範囲が狭かった、、、

・地方に行ったときには 

百恵ちゃん、
引退コンサートで地方都市を回りました

札幌、福岡、大阪、名古屋

美味しいケーキには
ありつけたのでしょうか

◆初めての海外旅行で何したのか?まあそう笑わずに、、、 

つづいて本題↓

(ラジオの百恵ちゃんトーク)

♪「あなた」
(歌:小坂明子、作詞・作曲:小坂明子、編曲:宮川泰)

懐かしいこの歌。ええ小坂明子さんの「あなた」が大ヒットしたのは昭和49年のお正月の頃です。あたしが初めて外国に行ったのも、ちょうどこの頃だったんです。

1月の2日から8日まで、フランクフルトと、それからパリへ。これが初めての海外旅行だったんですけれども。いきなり、、、なんかヨーロッパっていうんで、非常に戸惑いの方が大きかったっていう感じがするんですよね。

でも、いざフランクフルトへ降り立ってみると、まあそれまでは写真とか本の中でしか見たことがなかった街が、実際自分の目の前に広がっていて、それで当たり前なんですけど、わあ外人がいっぱいいるっ(笑)そういう感じがしましてね。

あの、、、なんのために行ったかといいますと、テレビの歌番組の、まあ取材というかそんな感じだったんですよね。そう、いろんなタレントさんがいろんなところへ行って、ええいろんなことをやってくるっていうね、それが1つの番組のなんていうか売り物というかそんな感じになってまして。

同行者がなんともすごいメンバーなんですよね。いしだあゆみさん、山本陽子さん、松岡きっこさん、それから関根恵子さんもね。関根さんはパリであの、ホテル同室だったんですよね。関根さんがちょうどその頃、17、8だったのかなぁ。

で、あの、、、結局ですね、わたしはフランクフルトまで行って何をしていたかというと(笑)、これがおかしいんですけど、「凧あげ」なんです(笑)。ええ。あのおかしいでしょ。まあそう笑わずに。

あたしがね、まあ日本からはるばる、その、、、日本で揚げている凧を持っていきまして、で、フランクフルトの街の中で遊んでいる男の子や女の子、小さい子供たちを集めてね、みんなに凧揚げを教えるという。教えるっていったって、別にあたしはしゃべれる(笑)わけではないし、まあ日本語で、あーでもないこーでもないと言いながら、結局まあみんなでやって、揚がらなかったんだと思いますけれども。

ちょうどねー、1月ですからやっぱり寒くって、向こうへいって、そう山本陽子さんたちに見立てていただいて、真っ白いひつじの毛皮のコートをね、買ったんですけど、今でも大事に持ってます。

なんかすごくねやっぱり、もうその白い毛だったんですけれども、ちょっと、、、ええちょっと汚れましてね、ちょっと色が変わったんですけど、なんとなく思い出がいっぱいあったりして、なんとなく手放せない感じで、まあまだしばらく大事に、着ないまでもとっておこうって思ってるんですけれどもね。

あの、、、本当に初めての外国旅行ってことで、ね、こんなにも思い出に残るのかしらっていうぐらい鮮やかに残ってるんですけれども。

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.5.11放送より)

・初の海外旅行はフランクフルト、そしてパリ 

1974(昭和49)1/2~1/8
(百恵15歳になる直前)

フランクフルト(ドイツ)
パリ(フランス)

5泊8日だと今なら10万ちょっと~。
パリへの移動は列車!いいなぁ

・「凧あげしに」(笑)

・「結局まあみんなでやって、 
揚がらなかったんだと思いますけれども」

「結局あがらなかった」
スパッと言い切る百恵ちゃん
クールでいいですね
(明るくユーモラスには言っている)

「わざわざいってがんばったのに
揚がらなかったモモ(涙)え~んえ~ん」
、、、なノリにならない

番組には申し訳ないが
(筆者の想像↓)
————————–
しょうがないわよ
あがらないんだもん(笑)
私個人としては
揚げることに
そんなこだわってない
————————–
こんな百恵の内側の言葉が
透けてみえるよう
好きです

◆グアム島へ!CM撮影をしたがボツに? 

百恵ちゃん、フランクフルトとパリに行った翌月(1974年2月)には「グアム島」へ行くんです。忙しいですね。

(ラジオの百恵ちゃんトーク)

この年の2月に、続いて私はグアム島へCMの撮影のために出かけたんです。あの、例のグリコのコマーシャルなんですよね。プリッツだったかな(笑)

え~。で、この時のあたしの相手をつとめてくれた人っていうのが、、、まだですよ。残念でした。モデルの男の方だったんですけれども。そう高校生くらいの方かなぁ。でも、結局出来上がったフィルムが、なんかあまり良くなかったらしくって、結局それはボツで、東京で撮りなおすことになったんです。

で、東京の撮影っていうのが、ええ砧にある緑地公園でやったんですけどもね。そのロケの時に、初めて、なんですよ、はい。あの、、、三浦さんにお会いし、何て呼んでいいかわかんないんですよね、こういう時非常に困るんですが、、、。それが初対面だったんですよね、お仕事の。

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.5.11放送より)

・グリコのプリッツだったかな 

グアム島の話が聞けるかと思いきや
CM撮影「ボツ」
⇒東京で撮りなおしと

でもこれが
重要な出会いへと
導いていくんです

・「まだですよ。残念でした」

って百恵ちゃん早くーー!

・砧の緑地公園のロケで初めて、、、 

三浦友和さん(22歳)と
百恵ちゃん(15歳)が出会うシーン

・「初めて、なんですよ、はい。
あの、、、三浦さんに、」

将来の旦那さんの名
言いよどむ百恵さん
クールじゃないです

◆友和さんと初めて会ったときの印象を語る百恵ちゃん

続きです

(ラジオの百恵ちゃんトーク)

あの、、、初めて会ったときの印象ってよく聞かれるんですけれども、あたしは「こういう人でした」っていう印象よりも、緑地公園に入るところに駐車場があるんですね。そこに、まああたしは学校の制服を着たまま、車で乗り付けたわけです。

そうしましたら、真っ白な車がそこにありまして、とてもお天気の良い日でね。その車から、ブルーの上下のトレーニングウエアを着た彼が、ぽんって降りて来たんですよね。

なんとなく、役者さんとかっていう感じよりも、スポーツ選手かなぁって思ったんです。でも、そう白い車から降りて来たその彼のブルーのトレーニングウエアっていうのが、妙に鮮やかで、そういう感じ、そういう印象の方がすごくぱーっと残ってたりして。

うーん、そうですね、あと話しをしてみた感じは、ああ、、、やっぱりとってもじゃないけど、やっぱり向こうの方がずっと大人で、なんか何を話していいかわからないっていう感じでね。

あたしも意外とその時は無口だったんです。

で、後で聞いた話なんですが、「なんともまあ口をきかない可愛くない子だ」と思っていたと言われました。はい。あの、、、この時から元をただせば、ゴールデンコンピと言われているわたしたちの、ね、コンビが始まったんですが、、、。

まさかねぇー。あの時、、、そういうね、風になるとは全然思ってもいなかったんですけれども。なんか人の縁(えにし)といいますか、運命というものはかくも恐ろしいものかと、、、ええ、恐ろしいなんて言ったらねっ、叱られますね。非常に素適なものだと思っております。

わたしにとってはやっぱり忘れられない出会いっていうか、一場面というか、そんな気がします。

それでは、この時期ですね、昭和49年の9月1日に発売になったあたしの曲を聴いてください。

♪曲~「ちっぽけな感傷」
(歌:山口百恵、作詞:千家和也、作曲:馬飼野康二、編曲:馬飼野康二)

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.5.11放送より)

・ブルーのウエアの鮮やかさ 

出会いの印象は
「ブルー」

わかるなぁ
視覚的な記憶

くすんだ色ではなく
鮮やかなカラー

冬の緑地公園
白い車
スポーティなブルーのひと
中学3年生の百恵は制服

美しい出会いです

・「とてもじゃないけどずっと大人」

実感ではないでしょうか

中3から見た
7歳年上の男性の大人感
映画になりそう

・「口をきかない可愛くない子」友和後日談 

このやりとりからも
親密な感じが伝わってきます
友和28歳、百恵21歳のね

15歳の百恵ちゃんは
無口でおとなしめの少女でした

最初の出会いから
だんだん距離が縮まっていく
その道のりで
おとなしい少女ならではの
心の揺れ
ってあったと思うのです

ラジオでは特に言ってませんが
ちらりと想像できてしまう場面

・「まさかね、全然思ってもいなかった」

劇的なすごい出会いだと思ってはいけない
初めは「まさか全然」

それが、、、結婚して家族になる
不思議さ

・「ちっぽけな感傷」1974年9月発売 

【1974年】百恵15歳

2月 東京でCM撮影、三浦友和さんと出会う

3月 「春風のいたずら」発売

6月 「ひと夏の経験」発売

9月 「ちっぽけな感傷」発売

12月 「伊豆の踊子」公開

こんな順番でした

ラジオトークを聴いたあとだと
山口百恵初期のシングル曲が
感慨深く響いてきますね

◆まとめ

  1. 私はケーキっ子!地方版「ケーキマップ」もほしいなっ
  2. フランクフルトで凧あげに挑戦した思い出
  3. 海外旅行のお土産は「真っ白い羊の毛皮のコート」
  4. コマーシャル撮影でグアム島に行ったがボツになる
  5. 砧の緑地公園で初めて、、、三浦さんにお会いした
  6. スポーツ選手?ブルーのウエアが鮮やかな22歳の青年登場
  7. 百恵15歳、友和の印象「ずっと大人で、何を話していいかわからなかった」
  8. 友和22歳、百恵の印象「なんともまあ口をきかない可愛くない子と思った」
  9. 百恵21歳「運命は恐ろしい、いえ非常にステキなものだと思っております」

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⇒ 山口百恵「夢のあとさき」1980/04/27 ドラマ「顔で笑って」

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