山口百恵「夢のあとさき」1980/05/04 中三トリオ

◆連休の過ごし方は?~百恵ちゃんラジオオープニング 


この回は、森昌子さん、桜田淳子さん、そして百恵ちゃんの3人「花の中三トリオ」について、百恵ちゃんが思い出を語ってくれました(呼び名は学年に応じて、高一、高二トリオと変わっていきます)

放送日は5月の連休真っ最中
(ニッポン放送の場合日曜夜10時から10時30分まで)

1980年のカレンダーはこうでした
5/3(土)(祝)憲法記念日
5/4(日)「夢のあとさき」放送
5/5(月)(祝)こどもの日 

以下百恵ちゃんのおしゃべりです↓

お休みの前はなぜか心がウキウキ。
うーん、別に予定なんかなくっても楽しい気持ちになるもんですね~。

でも、今日で連休が終わるっていうときの気分といったら。もうなんていうか、この世はまっ暗―!っていう感じで、重~い気分になってしまいますねぇ。

それまでは、まあ男の節句などといって張り切っていた人も、今や何の休日かということは関係なくですね、次の休日はいつかなぁ~?なんて、カレンダーを探すばっかり。
ゴールデンウイークも明日で終わりっていうことで、中学時代のあたしの休日のことを思い出してたところなんです。

でも、今はどちらかというと休日も関係なし。あれこれと忙しい山口百恵です。

みなさんはどんな休日をお過ごしでしょうか。今日も「夢のあとさき」でお楽しみください。

あたしの青春のすべてを綴る「ザ・ストーリー」。今日は「中三トリオ」のお話しをしたいと思います。題して「中三時代」

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.5.4放送より)

・「この世は真っ暗~」

休み明けはだれでも
いやだな~と思うもの

百恵ちゃんのラジオを聴いて
休日の夜を過ごす
ほんのひとときだったけど
幸せな時間だった

そう回顧する人
私だけではないはず

◆栄光の三人娘の歴史に加わった、3人の共通点は? 

続いて本題
まず淳子ちゃんと昌子ちゃんの曲がかかります

♪曲「わたしの青い鳥」(歌:桜田淳子、作詞: 阿久悠 、作曲: 中村泰士、編曲: 高田弘)

♪曲「せんせい」(歌:森昌子、作詞: 阿久悠、作曲: 遠藤実、編曲:只野通泰)

—–(百恵トーク)—–

若いですねぇ~(笑)

なんていうか、このコーナーでよくあの、、、あたしもね、あたしの歌をかけ、、、るでしょ!若いなって思いますけど、あたしだけじゃなくって、ジュンペイもマコも若いこと!まあ、恐ろしい。

あの、、、みなさんからも本当にたくさんのおハガキをいただいてるんですが、中三トリオについてお話ししてください、なんていうおたより本当に多いんですね。

で、あの、今日はその「中三トリオ」ええ、森昌子ちゃん、桜田淳子ちゃん、そしてわたくし、山口百恵。この3人についていろいろとね、思い出せることをお話ししていきたいななんて思うんですが。

3人娘っていうかたちは、かなり昔からいろいろありましたね。

ええ初代、初代というか、美空ひばりさんと江利チエミさん、雪村いづみさん。で次が、中尾ミエさん、園まりさん、伊東ゆかりさん。そして、ジュンペーとマコとあたしと。

あの、、、まあ3人っていう数がいいのかどうか知りませんけれども。非常に、御三家とか三人娘とか、3人をひとつのまあ、ボンとしたまとまりにしてっていう感じが、昔からあったみたいなんですけれども。とりあえず栄光の三人娘の歴史に、私たち3人も加えていただいたという感じなんですけれども。

3人の共通点っていったら、あの、『スター誕生』出身。まあ、えーと昌子ちゃんが一番早くて、次が淳子ちゃん、そして、三人娘の一番末っ子がわたしという感じなんですけれども。

まあ、年齢も同じっていうことで、非常にタイミングが良かったんじゃないかなっていう気がします。

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.5.4放送より)

・ジュンペイもマコも若いこと!まあ恐ろしい 

「まあ恐ろしい」
楽しい言い方!
21にしてすでにおばさんチックな発言

現時点でこの3人が集まったら、、、
どんな「まあ恐ろしい」になるのでしょう

・非常にタイミングが良かった 

本当にそう
タイミングが運命を作っていくのでしょうね

・3人の共通点は 

・『スター誕生』出身
・年齢も同じ

◆「淳ペー」「マコ」に初めて会ったときの印象は? 

続きです↓

であの、、、初めて、そうですね、まず淳ペーに会ったときの話し。

あたしがスター誕生の決戦大会で、ちょうど後楽園ホールに行っていた時に、淳ペーはデビューを待っているという状態で、客席に見に来てたんですね。

で、あたしの合格が決まったときに、まあ番組終了後ですけれども、パーっと走ってきてくれて、「おめでとう!」って言ってくれたんですよね。その時の淳ペーっていうのが、なんかすごく印象に残ってて、

でその後は、品川中学に横須賀からあたしが転校していったときにね、教室のドアを開けて、先生に「今日からこのクラスに来ました山口百恵さんです」って紹介されたときに、客席に、、、(笑)客席じゃないや、なんで教室に客席があるんだろう(笑)、客席じゃなくって、あの、、、みんなが座ってる席にね、淳ペーの顔がぽんと見えて、でお互いに「あーっ!」なんていう感じで、ひどく驚いたことを覚えてるんですけれども。

まあ、それ以来の、そう、仕事、、、っていう部分だけじゃなくって、友だちっていう感じになれてね。非常に心強かったんですよね、やっぱり。同じクラスに淳ペーがいてくれて、で、、、まあいろんな話もできるし、あ~よかったーっていう感じだったんですけれども。

で、昌子ちゃんに会ったときは、そうですね、あの~もうあたしがホリプロへ入った段階では、昌子ちゃんはもう本当に押しも押されぬっていう感じで、非常に忙しい歌い手さんだったわけなんだけれども、

初めて昌子ちゃんに会って、紹介されたときっていうのは、すごく、、、お姉さんみたいな人だなっていう印象だったんですよね。

まあその後、3人でしょっちゅうこう色々ね、番組で会ったりなんかして、話しをしていると、とにかくマコっていうのは一番お母さん的な感じの人で、一番しっかりしているみたいなところがあるんじゃないかなーっていう気がする。まあ、これは淳ペーも同意見だったんですけれどもね。

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.5.4放送より)

・淳ペーが走ってきて「合格おめでとう!」

決戦大会で年の近い仲間からの祝福
とても嬉しかったでしょう

・転校先の教室で「あーっ!」

桜田淳子・山口百恵
同じクラスで勉強することになりました
ドラマみたいな展開

・「なんで教室に客席があるんだろう(笑)」 

自然に言っちゃった「客席」
笑っちゃう百恵
こんな瞬間がラジオを聴く楽しさ

・マコは「一番しっかりしている」 

<三人娘の歌手デビュー>

①森昌子
1972年7月1日「せんせい」でデビュー
1958年10月13日生まれ

②桜田淳子
1973年2月25日「天使も夢みる」でデビュー
1958年4月14日生まれ

③山口百恵
1973年5月21日「としごろ」でデビュー
1959年1月17日生まれ

デビュー順ではやはり
森昌子さんは先輩格になるのでしょう

◆百恵ちゃん2人に遅れをとって「焦らなかった?」 

「中三トリオ」を語る百恵ちゃん、
最後の部分です

まーとりあえず、デビューした当時っていうのは、、、まあ昌子ちゃんも淳子ちゃんもデビューしてしまって、ある程度こう、、、忙しく仕事をしていた状態で。あたしはどちらかというとこう一歩、ちょっとみんなよりも遅れているという感じがしたんじゃないかな、と思うんですね。

で、あの、それに対してよくね「焦らなかった?」とか、その時期聞かれたこともあるんですけど。あんまり焦りとかっていうのは感じなくって、そうだなぁ、自分のことだけを考えるんで精一杯っていう感じがして、まあ、周りの人たちがどんな風に動いているのかとか、あの、どんな風に仕事をしているのかなんていうこと、を見て、それと自分の仕事の状態とかを比べるっていう余裕がなかった、、、って言った方がきっと合ってると思うんですけどね。

で、あの、昔から(笑)よく聞かれた言葉っていうのは、ライバル意識。もちろんあの、いい意味ではきっと、意識していない部分で、きっとライバル意識はあったと思うんですね。

やっぱりどんなに仕事がきつくっても、あ、淳ペーやマコはちゃんと学校行ってるんだ、だったらあたしも行かなくっちゃって、そういう意味でライバル意識っていう、悪い意味ではなくっていい意味でのライバル意識、「励まし」みたいな、そういう気持ちは確かにあったと思うんですね。

例えば、レコードの売上的に負けちゃいけないとかそういう思いではなくて、彼女たちが努力をしているんだから、あたしも努力をしなければって。当時、話しをしたことがあるんですが、そういう気持ちっていうのは3人それぞれ持ってたんじゃないかなーっていう気がしますね。

で、あの、、、どうしても昔からそうだったんですけれでも、あたしと淳ペーっていうのは学校も同じだった、みたいな、かなり共通点が多かったんで、まあ、桜田淳子という女性と山口百恵っていう人間っていうのは、あの、こう、、、かなり比べられてしまって。3人っていうよりは、2対1みたいな形で見られたりしたんですけどもね。

しばらく、この何か月か、まあ1年ぐらいかな、、、あんまりいろんな話をしていないんですよね、3人で。だから、たま~に3人で一緒になっても、それこそ仕事の時間の割り振り方が全く違うんで、一緒の番組に出ていても、話しができないみたいな状態がとっても多いんですけども。

ま、やっぱり、すごくね、広い世界の中で、偶然にも同じ世代に生まれて、そして、同じ場所で仕事をして、で、同じ道を偶然にも歩いたこの3人。やっぱり、このつながりっていうものは絶対に切れないもんだと思うし、これからもどんな形になっても、お友だちとしてね、いろんなお話しをしていけたらいいなぁなんていう気が、すごくしています。

まあ、、、それぞれの路線っていうのかな、はっきりしてきて。あたしは、ええデビュー2曲めから、「青い果実」「禁じられた遊び」そして「春風のいたずら」なんていうちょっと変わった、当時のタイプからは、こう、ずいぶんとかけ離れたフィーリングのもので、ぱっぱっぱーっと突っ走っていったという感じがあるんですけれどもね。

ええ、ところで、昭和49年。この年の夏にわたしが出した歌。あの、、、これはかなりいろいろな部分で、ええ「話題彷彿」という感じの(笑)歌だったと思うんですけれども。思い出していただきたいと思います。

昭和49年6月1日発売でした。「ひと夏の経験」

♪曲「ひと夏の経験」フルコーラス
(歌:山口百恵、作詞:千家和也、作曲:都倉俊一、編曲:馬飼野康二)

(【ラジオ番組】ニッポン放送「夢のあとさき」/パーソナリティ:山口百恵1980.5.4放送より)

・「自分のことだけを考えるんで精一杯」

・いい意味でのライバル意識 
「あたしも努力をしなければ」

「励み」にしていたと言っています
スポーツ選手に似ているなぁ

どんな世界も
他人を引きずり落とそうなんて
意味のないこと

自分が頑張るための励み
それがライバル

話題沸騰の「ひと夏の経験」

当時気づきませんでした
曲、アレンジがとてもいいし
カッコいい歌ですね

◆まとめ 

  1. 「中三トリオ」マコ、淳ペー、末っ子がモモの順
  2. 『スター誕生』出身・同年齢の3人、非常にタイミングが良かった
  3. 品川中学校3年時に百恵は淳子と同じクラスに転入
  4. 「デビュー当時あたしは2人より一歩遅れている感じがした」
  5. 「焦らなかった?」と聞かれ「自分のことで精一杯」だった百恵
  6. ライバル意識?「彼女たちが努力しているんだから私も努力しなければ」
  7. 「桜田淳子という女性と山口百恵という人間はかなり比べられてしまった」
  8. 2曲目「青い果実」からちょっと変わった路線でぱーっと突っ走った感じ
  9. 話題沸騰!昭和49年6月発売「ひと夏の経験」も思い出してね

こちらの記事も

⇒ 山口百恵「夢のあとさき」1980/04/27 ドラマ「顔で笑って」

⇒ 山口百恵「走れ風と共に」

シェアする

フォローする