「純粋に歌うこと」を1つのジャンルにしよう

じっくり書物を読むように、うたってわかる何か

私が独自に考えたことですが。


私たち(歌手でなく一般人)も、ちょいちょい歌を歌いますよね。
時間が多い少ないは個人差がありますが、いろんなシチュエーションで歌います。


そんな日常的な歌の中で、言葉を大事にその意味を探りつつ歌っていたら、
作品の世界がすごくよくわかったとか、
今の自分を少し認識できたといった経験的な歌い方があると思います。
このことです。


じっくり書物を読んでいてハッとしたとか、
美術作品に心底感動したとかと同じレベルのことで。


違うのは、うたって作品を再現させつつ鑑賞するという点。
CDも楽器もいらない。記憶していればすぐうたえちゃう。
作品を自分なりに再生するだけだから、歌手とおなじ高い技術もいらない。


難しいことではありません。
「歌ってみたら胸に響いた」、「ある歌詞を歌ったら急に自分の中でわかった」
ちょっとした時にそんなことは起こります。


すごく純粋な鑑賞ですよね。
この鑑賞態度を「1つのジャンルとして認識してはどうかな」って言いたいのです。

「趣味で歌う」ことでしょ?と聞かれたら、、、まあそうだね。
自分ひとりで、好きだから歌うという純粋な気持ちがあればいいと思う。

風邪気味なら歌うたおう(はNGだった)

私は小さい頃から歌うことがとても好きでした。


親に「1才のとき、あの歌じょうずに歌ってたわね」
と記憶にないことを言われたり。
小学生の頃は家でお留守番しながら、
もっぱらレコード(歌謡曲)を聴いて歌ってばかりいました

20才過ぎて気づいたことがあるんですけど、
風邪の引き始めにのどが痛くなると、
いつも以上に「歌が歌いたくなる」んです。


のどが痛くなった時わざわざ歌いたがるって?
自虐的?


どうしてか自分でもわかりません。
歌えなくなることに危機感感じて「今のうちに」と思うのか。
無意識に。
でも私は歌手などではありません。

会社の仲間(同世代の女性)に聞いてみました。


「風邪でのどが痛くなると歌をうたいたくならない?」って。
「え?なにそれ。あなただけよ」と一蹴されてしまいました。

「みんな同じじゃなかったんだ」と知りました。
私と同じ人がどのくらいいるのかは未調査です。


「風邪の時は歌っちゃダメ」という意見は多いみたい。
のどを痛めますから。

「歌う」とはなんなのか


「歌いたい」ってどうしてなんだろう?
そう問いつつ、答えはまだでていません。
少しずつ考えを進めているところです。

では人はどんなとき歌いますかね。。。


メロディーの心地よさを感じたい。歌詞に気持ちをこめたい。内側にたまったものをアウトプットしたい。憂さ晴らし。泣きたい。楽しみたい。無になりたい。苦しみを軽くしたい。むしろ悲しみや喜びを実感する契機がほしい。自己確認。

誰か(特定の人・不特定多数の人)に向かって自分の歌声を聴いてもらいたい。誰かに向かって歌を通じて気持ちを伝えたい。誰かの役に立ちたい(元気になってほしい等)。誰かとは生きた人間に限らず、動物、モノ、自然、超自然など「対象」ということにしよう。

複数で一緒に歌って楽しみたい。仲間意識を高めたい。心を通じ合わせたい。帰属意識の確認。

目的の達成(金銭や名声獲得、夢実現、健康維持、歌唱力アップ、自分アピール、情報伝達)のために歌う。

適当に挙げてみました。いろいろ漏れているかもしれません。

「歌う」をざっくり分けてみた


(目的と手段)
・歌うことそのものがおもな目的 ⇔ 目的のための手段として歌う

(聴衆の存在の有無)
・完全にひとりで歌う ⇔ だれか対象に向けて歌う

(報酬を得るか得ないか)
・歌っても無報酬 ⇔ 歌を仕事にしている、報酬(金銭等)をもらっている

職業にしている人を「歌手」と呼びますが
はっきり線引きできないゾーンもあるでしょう。
厳密に考えているわけではないので、ざっとこんな分類にしました。

普通の人は「歌っている」

歌にはさまざまな活用方法があるとわかりました。


今回1つのジャンルとして確立させたいのは
「歌うことが即目的で、対象に聴かせる歌ではなく、1円ももらえないしあてにもしてない」
という歌のこと。

ただ口ずさんでもいい、CDの歌に合わせて1人歌うのでもいい。


「日常の歌うたい」こそ
歌に多様な意味を与え、
歌を育てているように思えるんです。


その存在は大きい。

「潜伏」していて目立たないし、
そうではない歌い方が
ジャンジャン目立ってきているから、
言わないと見失いそうです。

きっとたくさんの人が、
今日も、どこかで、
こうして「歌をうたっている」
と想像できませんか。


私は歌が好きなのでついつい考えてしまいます。

歌は人に届いたあとから力を発揮する


歌うことそのものにおいて、「歌手」が上「歌う一般人」は下という関係はない。


歌手は(仕事中の歌手は)、
歌って伝える技術がある程度以上必要ですから、
たったひとりで自由に楽しむことはできない。

我々庶民はどんなにヘタでも歌えるんです。


完全に気楽に、
感受性全開にして言葉に向き合ってもだれも怒りません(音量は小さめに)。


鑑賞と創造が同時にできる。
人生を通じて自由に作品と関われる。
これはすごいことじゃないですか。

なんかあたりまえのことじゃん、、、と言われるかもしれませんが、


なかなかきっちり言っているのを見かけたことがないので、
場を作って言ってみたくなりました。

今日も心をこめて愛する歌を、言葉をうたおう。
1回きり、その場限りの渾身の歌を。

これに関連して
山口百恵の歌について
こちら綴りました ↓↓

百恵ちゃんの魅力とは~「初恋時代」

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