山口百恵「謝肉祭」

百恵ちゃんのシングル曲「マイベスト5」は?

「としごろ」から「さよならの向こう側」、「一恵」そして「惜春通り」までのシングル33曲から好きな歌を5曲選ぶとしたら?をやってみよう。

秋桜

愛の嵐

愛染橋

謝肉祭

一恵

(発売順)

こんな感じかな。気が合う人がいたらうれしいしきっといると思うなあ。

今回は「謝肉祭」について。

引退” 表明の2週間後にリリースされた「謝肉祭」

「謝肉祭」

歌:山口百恵
作詞: 阿木燿子
作曲: 宇崎竜童
編曲:大村雅朗

29枚めのシングルレコードです

「謝肉祭」は1980年3月21日にリリース。

リリース2週間前に、百恵ちゃんは三浦友和さんと婚約記者会見を開き「結婚後は芸能界から完全に引退する」と表明しました。

つまり、新曲「謝肉祭」を聞くファンは「百恵は引退する」と知ったばかりの状態ですね。

Wikipediaにもありました。

今作リリース前の3月7日には三浦友和との婚約が正式に発表され、引退が明らかにされた

(「謝肉祭」Wikipediaより)

「引退があきらかにされた」

「引退があきらかにされた」

言葉を繰り返してみると、あの時の心境がよみがえってくるよう。

ぼやけた砂の味。

私の空間がどんどん薄まって広がっていく。

白い道が目の前にのびているような変な感覚。

(婚約を心から祝福する気持ちは別ものとしてあったとしても、、、)

雑音の中の「謝肉祭」~中学最後の春休み・私の思い出

1980年3月。中学3年生の私は「婚約記者会見」「卒業式」「謝肉祭発売」の順だったのでしょうか。

卒業式は教室で海援隊の「贈る言葉」を歌ってお開きとなりました(あるある)。

春休みは微妙ですよね。中学は卒業したけど高校の入学式はまだ。どんな心持ちで過ごしたのか。淡い、淡い、不安でいっぱいだった。

「百恵引退」と知った春休み、「謝肉祭」の思い出はこんなのです。

私が住んでた町。駅前に、酒場が何軒も立ちならぶ狭い通りがありました。真っ昼間、そこを通りかかった私はふと足を止めました。

「謝肉祭」が聴こえていました。パチンコ屋の店先で。ひび割れた案内放送の声。ジャランジャランひっきりなしの雑音にまみれて。

私が目をとめたのはパチンコ屋の「貼り紙」です。

——求ム。夫婦住み込み、月収三十万円

だったかな。

(私じゃあだめだろうか、、、やってみたいな。住み込みで。)

しばらく真剣に見ていました。何日も頭から離れないほど考えたし。

あの頃私は自立願望が強くて、一人で自力で生きてみたいと思ってた。義理の父から高校の費用をだしてもらうという家庭の事情もあったので。申し訳ないから中卒で働こうかと。一方母は私を大事に甘やかせ気味に育ててくれた。だから自分の中の甘え体質を振り落として、だれの世話にもならずやってみたかった。

味方はだれもいない、迷いの中に投げ出されていた。

若さですね。ものごと何も知らなかった。

結局、行動力のない私は高校に行きました。

「謝肉祭」にこんな歌詞があります。

しあわせな日々にあこがれながら

心の潮騒消せないの

「謝肉祭」
(歌:山口百恵、作詞: 阿木燿子、作曲: 宇崎竜童、編曲:大村雅朗)

この歌詞にあの時の不幸の味がすごくするのです。

「心の潮騒」キミには思い当たるものありますか?

心の潮騒は消せないだけでなく消したくない。消してしまったら自分を支えるなにが残るというのだろう。だから「しあわせ」より大事なものだ。

「謝肉祭」のメロディーに情熱と不幸の叫びが見え隠れする。ぴったり重なるように私の情熱と不幸が、騒音に満ちた酒場通りの太陽に照らし出されている。

それは現実味をなくした場面。鮮烈な美と見えるほど。

宇崎竜童の曲と百恵の声。やはり現実味をなくし、歌の向こうから別次元の不幸の歌が聴こえてくるのは私だけ?

歌は不幸でなければ歌えない

歌にはいろんなスタイル、用途がありますが。

よく言われるオーソドックスなことですが、芸術として一人の歌うたいが歌うためには「不幸」でなければ歌えない。これはある意味真実だと私も思います。魂の不幸を歌うのでなければ。

結婚してしあわせになるため引退すると発表した(そう決めていた)山口百恵が「謝肉祭」を歌ったことが、私にとっては、ちぐはぐな打撃だったのかもしれません。

私は自分の抽象的な不幸が、歌の不幸と一致する感覚を持った。幸福へと舵を切った歌手は私を置き去りにしたまま。

「謝肉祭」を聴いた昼間、私はなにかこれまでとは変わっていくという感じがありました。

不幸を感じて歌うというのはある意味あたりまえのこと。生きていることの中にすでに不幸はあるのだから。

山口百恵はシャンソンが好きだった。もしシャンソン路線でずっと歌を歌っていったなら、年齢を重ねるほどに「人生」を深く感じさせる歌を歌ったことでしょう。とても百恵ちゃんらしいと思う。

やはり「人生のはかなさや、どうにもならなさ」を思いを込めて歌ったのではないだろうか。そこには自分の中の不幸を汲み出していく作業が伴う。一生の職業と自覚する誠実な人ならなおさら。たえず汲み出す。

聴いてみたかった。

だけどしんどいだろうな。

いや、上手に演じてこそ表現者だというなら、聴き手がついていけるのかどうか?私はついていけたのか?現実に起きてみないとわからないことですね。

と、こんなふうに歌にあらわれる不幸の問題について考えてしまうのは「謝肉祭」などある種の歌に限ってかもしれません。そんな魔力のある歌、やっぱり私はとても好きです。


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