山口百恵「謝肉祭」の思い出

◆百恵ちゃんのシングル曲「マイベスト5」は? 

「としごろ」から「さよならの向こう側」、
「一恵」そして「惜春通り」までの
シングル33曲から
好きな歌5曲を選ぶとしたら?をやってみよう。

秋桜

愛の嵐

愛染橋

謝肉祭

一恵

(発売順)

他の曲も捨てがたいですが
こんな感じかな
気が合う人がいたらうれしいし
きっといると思うな…

今回は「謝肉祭」について
書きたいと思います

◆”引退” 表明の2週間後にリリースされた「謝肉祭」

「謝肉祭」

歌:山口百恵
作詞: 阿木燿子
作曲: 宇崎竜童
編曲:大村雅朗

29枚めのシングルレコードです

「謝肉祭」
発売は1980年3月21日です

発売2週間前に、
山口百恵さんは三浦友和さんと
婚約記者会見を開き
「結婚後は芸能界から完全に引退する」
と表明しました。

つまり、
新曲「謝肉祭」を聞くファンは
「百恵ちゃんは引退する」と
知ったばかりの状態ですね。

Wikipediaにもありました。

今作リリース前の3月7日には三浦友和との婚約が正式に発表され、

引退が明らかにされた

(「謝肉祭」Wikipediaより)

「引退があきらかにされた」

「引退があきらかにされた」

言葉を繰り返してみると、
あの時の心境がよみがえってくるようです

ぼやけた砂の味

私の空間が
どんどん薄まって広がっていく
白い道が目の前に
のびているような変な感覚

婚約を心から祝福する気持ちは
別ものとしてあったとしても
まず自分に来たショックな状況の方を
見つめてしまうものです

◆雑音の中の「謝肉祭」~中学最後の春休み 

1980年3月
中学3年生の私は
「婚約記者会見」
「卒業式」
「謝肉祭発売」
……の順だったのでしょうか

卒業式は
教室で「贈る言葉」(海援隊)を歌って
お開きとなりました(思い出あるある)

春休みは微妙ですよね
中学は卒業したけど
高校の入学式はまだ

どんな心持ちで過ごしたのか
淡い、淡い、
不安でいっぱいだった

「山口百恵引退」と知った春休み
私の「謝肉祭」の思い出はこんな感じです

私が住んでた町の駅前に
酒場が何軒も立ちならぶ
狭い通りがありました

真っ昼間に
そこを通りかかった私は
ふと足を止めました

「謝肉祭」が聴こえていました
パチンコ屋の店先で
ひび割れた案内放送の声
ジャランジャラン
ひっきりなしの雑音の中

私が目をとめたのは
パチンコ屋の「貼り紙」でした

………………
求ム。夫婦住み込み、月収三十万円

………………

だったかな

(私じゃあだめだろうか、、、)
(やってみたいな。住み込みで)

しばらく真剣に見ていました
それから何日も頭から離れないほど

あの頃、
私は自立願望が強くて
自分の力で生きてみたいと思っていました

義父から高校の費用をだしてもらうという
家庭の事情もあったので
申し訳ないし中卒で働こうと

一方、母は
私を大事に甘やかせ気味に育ててくれた
だから自分の中の甘え体質を振り落として
だれの世話にもならずやってみたかった

味方はだれもいない
迷いの中に投げ出されていました

若さですね
ものごとなんにも知らなかった

結局、行動力のない私は
高校に行きました

「謝肉祭」にこんな歌詞があります

しあわせな日々にあこがれながら

心の潮騒消せないの

「謝肉祭」
(歌:山口百恵、作詞: 阿木燿子、作曲: 宇崎竜童、編曲:大村雅朗)

この歌詞に
あの時の自分の不幸の味がします

「心の潮騒」
なにか思い当たるものはありますか?

心の潮騒は消せないだけでなく
消したくない
消してしまったら
自分を支える何が残るだろう?

だから「しあわせ」より大事なものだ

「謝肉祭」のメロディーに
情熱と不幸の叫びが
見え隠れしています

それとぴったり重なるように
私の若すぎるあの時の
情熱や不幸が
騒音に満ちた酒場通りの太陽に
照らし出される

それは現実味をなくしたシーン
鮮烈な美と見えるほど

宇崎竜童さんの曲と
山口百恵の声

やはり現実味をなくし
歌の向こうから
別次元の不幸の歌が聴こえてくる

その別次元こそが
こちら側より懐かしい

◆歌は不幸でなければ歌えない 

歌には
いろんなスタイル、用途があります

よく言われることですが、
芸術として一人の歌うたいが歌うためには
「不幸」でなければ歌えないと

これはある意味真実だと
思います
魂の不幸を歌うのでなければ!

結婚してしあわせになるため引退する
…と発表した(そう決めていた)
山口百恵が「謝肉祭」を歌ったこと

当時の私にとって
ちぐはぐな打撃だったのかもしれません

私は自分の抽象的な不幸が
歌の不幸と一致する感覚を持った
けれど、
幸福へと舵を切った歌手は
私を置き去りにしていく

「謝肉祭」を聴いた昼間、
これまでとは何かが変わっていくのだ
という感じがありました

不幸を感じて歌うというのは
ある意味あたりまえのこと
生きていることの中に
すでに不幸はあるのだから

山口百恵はシャンソンが好きだった
もしシャンソンの路線で
ずっとずっと歌手を続けていたなら
年齢を重ねるほどに
「人生」を深く感じさせる歌を
歌ったことでしょう

とても百恵ちゃんらしいと
想像できます

山口百恵は
「人生のはかなさ」や「どうにもならなさ」を
思いを込めて歌ったのではないだろうか

そこには自分の中の不幸を
汲み出していく作業が伴う
一生の職業と自覚する誠実な人であれば
ならなおさら
たえず汲み出す

聴いてみたかった
だけどしんどいだろうな

いや、
上手に演じてこそ表現者だというなら
聴き手がついていけるかどうか?
私はついていけたのか?

現実に起きてみないと
わからないこと

不幸は汲んでも尽きないとしても
それでもなお
またそれ故に
人生はいい
…そんな歌が聴けたのではないだろうか
山口百恵のシャンソン

(2019年追記)

と、こんなふうに
歌にあらわれる不幸の問題について
考えてしまうのは
「謝肉祭」などある種の歌に
限ってかもしれません

そんな魔力のある歌が
やっぱり私はとても好きです

◆まとめ

  1. 山口百恵シングル曲から好きな歌を5つ選んでみよう
  2. 「謝肉祭」は引退表明の2週間後に発売されたレコードでした
  3. 「引退?ああ」ぼやけた砂の味がした中3の私
  4. パチンコ屋の求人に目が釘付けになった中3春休みの私
  5. 幸せか心の潮騒か?人生の岐路
  6. 不幸でなければ歌は歌えないということがある
  7. 「謝肉祭」の魔力はやっぱりいい
  8. 山口百恵のシャンソンが聴けたなら、人生はいいものと歌ってくれたはず


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⇒ 山口百恵「さよならの向う側」

⇒ 山口百恵「秋桜」

⇒ マティアバザール「CON IL NASTRO ROSA」

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