山口百恵「歌い継がれてゆく歌のように」

『百恵白書』B面5曲めを鑑賞してみよう

◆真心をあなたに…ライブ定番曲 

「歌い継がれてゆく歌のように」
歌:山口百恵
作詞:阿木燿子
作曲:宇崎竜童
編曲:萩田光雄

アルバム『百恵白書』
(1977年5月発売)の
B面5曲目に収録されています

◆百恵ちゃん自身のコメントは? 

『百恵白書』という本の中で
この曲についてコメントがありました

小さい頃から歌が好きでした。

でも最近になって、ますます好きになったんです。何故っていう理由があるわけではないんです。ただ、歌っている時、本当に倖せだなって感じられるんです。

出来るなら、一生でも歌い続けたい気持ちです。そして、素晴らしい歌は、ずっと歌い継がれていって欲しい。そしてそれが私に出来るなら……。

「MOMOE STATEMENT 百恵白書(限定愛蔵版)」(1977年7月1日東京音楽出版株式会社より発行)

のちにラジオで百恵さんが語っていました
「職業化されてしまい、歌うことが苦痛」
そんな時期があったと
そこから脱して
歌うことがまた好きになったということでしょうか

「歌い継がれてゆく歌のように」は
もしかしたら聴くわたしたち以上に
歌手・山口百恵にとって
思い入れのある歌なのかもしれません

◆【第3回百恵ちゃんまつり】

「歌い継がれてゆく歌のように」は
ライブでもしばしば歌われました

主なライブで
どんな位置づけで歌われたのか
見てみましょう

最初は、
LP『百恵白書』発売から
3ヶ月後の夏


【第3回百恵ちゃんまつり】
1977年8月27日~31日 新宿コマ劇場

第1部 ミュージカル「蜘蛛の里」
第2部 ヒット・パレード「百恵と共に」

1.OVERTURE
2.I Came from 横須賀
3.白い約束
4.パールカラーにゆれて
5.追伸
6.赤のシリーズ・四人の少女に捧げる 約束
7.秋桜
8.いた・せくすありす
9.横須賀ストーリー
10.夢先案内人
11.愛に走って
12.イミテイション・ゴールド
13.歌い継がれてゆく歌のように
14.「スター誕生」Again
15.フィナーレ


シングル4曲を歌ったあと
ステージをしめくくる歌として
「歌い継がれてゆく歌のように」を
歌っています

「「スター誕生」Again」へと続き
幕を閉じます

アルバム「百恵白書」と
同じ曲順ですね

最後から2曲目
「歌い継がれてゆく歌のように」が
実質ラストの歌

そしてアンコールに応えない分
もう1曲「「スター誕生」Again」

こういう構成と捉えると
すっきりわかってきます

なぜなら山口百恵は
ファンがアンコールを要求し
それを受けてステージに再登場
…ということをしなかったから

自叙伝『蒼い時』の中で
アンコールについて書いてあります

私はわざとらしいカーテンコールもやめることにした。

ステージ慣れした観客と、観客のやさしさに依存した歌手との間の形式的なカーテンコールは、真実味が感じられなかった。

最後の歌を歌い終わると、観客は判で押したように規則正しい拍手をする。その拍手を考慮に入れた上で、はじめから構成してあるカーテンコールは、私にとってしらじらしいだけだった。

(「蒼い時」山口百恵著、集英社文庫、152pより)

ステージで歌う最後の曲が
本当の最後の1曲でした

「あの曲残して一旦終わるのよね~」
なんて期待してはいけないのです

◆【第4回百恵ちゃんまつり】

次の年も同じでした


【第4回百恵ちゃんまつり】
1978年8月25日~31日 新宿コマ劇場

第1部: ミュージカル「愛の鐘は鳴らない」
第2部: ヒット・パレード「百恵と共に」

1.OPENING
2.乙女座 宮
3.軌道修正
4.銀色のジプシー
5.COSMOS(宇宙)
6.絶体絶命
7.秋桜
8.ドライフラワー
9.イミテイション・ゴールド
10.プレイバック Part 2
11.横須賀ストーリー
12.歌い継がれてゆく歌のように
13.「スター誕生」 AGAIN


『百恵白書』のあと
3枚のアルバムを出していますが

コンサートの締めくくりは
やはりこの2曲を歌いました

「歌い継がれてゆく歌のように」
「「スター誕生」 AGAIN」

前年(第3回)と同じスタイルです

◆【第5回百恵ちゃんまつり】

翌年の第5回も、、、
歌っています
3年連続で「最後から2番目に」歌っていたんです

しかし!
このライブはレコード化されていません
なぜ?
本当になぜ?

私はこのライブをに見に行きました
これが山口百恵さんをこの目で見た
最初でした

家にパンフレットが残っていたので
曲目を見てみましょう
(急遽変わっていなければこの通り)


【第5回百恵ちゃんまつり】
1979年8月25日~31日 新宿コマ劇場

第1部: ミュージカル「クレオパトラ-砂漠の不死鳥-」
第2部: ヒット・パレード「百恵と共に」

1.オープニング
2.横須賀サンセット・サンライズ
3.食べられてしまった貘
4.WIND and WINDOW
5.CRY FOR ME
6.東京の空の下あなたは
7.ザ・ムスタッシュによる大演奏
8.横須賀ストーリー
9.プレイバックパートⅡ
10.愛の嵐
11.秋桜
12.いい日旅立ち
13.歌い継がれてゆく歌のように
14.しなやかに歌って


締めくくりに
「歌い継がれてゆく歌のように」
そして新曲「しなやかに歌って」
で、おしまい

「しなやかに歌って」のレコード発売は
この年の9月1日ですから
少し早めの新曲お披露目
そんな感じですね

パンフレットには
第5回「百恵ちゃんまつり」の
ヒット・パレードは

『横須賀恵=構成』と書かれている

「横須賀恵」とは
山口百恵のことです
(作詞の際のペンネーム)

「歌い継がれてゆく歌のように」を
きっちり選んで入れている
大きな発見です

ラストの「しなやかに歌って」は
希望を感じさせる歌です
正式なタイトルは
「しなやかに歌って-80年代に向って-」

歌うことの意味をかみしめ
みなさんに歌い継いでほしいと伝える
百恵ちゃんの気持ちが
垣間見えるよう
(引退を予見させる?)

◆【リサイタル-愛が詩にかわる時】では… 

ちなみに、
この第5回「クレオパトラ」の
1ヶ月先に控えていた
初のリサイタル(帝国劇場)(1979)では
「歌い継がれてゆく歌のように」は歌ってません


【80年代に向って-山口百恵リサイタル-愛が詩にかわる時】

(1~17省略)
18.しなやかに歌って-80年代に向って-
-MC-
19.夜へ…
20.曼珠沙華


最後から2番目は、
百恵自身が
「最後に、今の自分に一番正直な歌を探してみました」と語り
「夜へ…」を歌いました

「夜へ…」に続いて
本当の最後が「曼珠沙華」です
やはり「2曲」でラストを構成するという形式

リサイタルはお祭りとちがった趣向で
より深い百恵の世界を
愛をテーマに構成している
そんな印象です

◆【伝説から神話へ -BUDOKAN…AT LAST-】 

その翌年、1980夏
「第6回百恵ちゃんまつり」では
「歌い継がれてゆく歌のように」歌わず、です

その後歌うのは、1980秋
ついに最後の武道館コンサート
でした

終盤、青いドレスに衣装替えして
再登場するところからです


【伝説から神話へ -BUDOKAN…AT LAST-】 

(衣装替え前は省略)

16.いい日 旅立ち
17.一恵
18.曼珠沙華
19.秋桜
20.イントロダクション・春
21.不死鳥伝説
22.歌い継がれてゆく歌のように
23.さよならの向う側

24.This is my trial (Instrumental)


MCから
「不死鳥伝説」
「歌い継がれてゆく歌のように」

2曲続けて歌い終わると
山口百恵はゆっくり会場を見渡し
手を広げ
会釈をする

うるんでいた瞳は
「歌い切った」という
笑顔に変わる

そして舞台正面
後方のカーテンへ
そこでお辞儀をして
消えていきました

やはり
「歌い継がれてゆく歌のように」は
ステージ最後を締めくくる歌だった

このあと
純白の衣装に着替えして再登場
「さよならの向う側」
これでおしまい

「歌い継がれてゆく歌のように」で
すべての曲を披露し終え

アンコール曲として
特別な場での1曲といっていい
「さよならの向う側」

そんな風な構成だったと
受け取れます

◆ライブで大切に歌い続けた曲 

以上
「歌い継がれてゆく歌のように」が
ライブでどのように歌われたのか見てきました

まとめてみます

 青い背景色 
「歌い継がれてゆく歌のように」を歌ったライブ


●第1回 百恵ちゃんまつり「黒い天使」(1975)

●第2回 百恵ちゃんまつり「黒い天使パートⅡ」(1976)

↓↓「歌い継がれてゆく歌のように」発表後↓↓

●第3回 百恵ちゃんまつり「蜘蛛の里」(1977)

●第4回 百恵ちゃんまつり「愛の鐘は鳴らない」(1978)

●第5回 百恵ちゃんまつり「クレオパトラ」(1979.8)⇒レコード発売なし

●リサイタル 「山口百恵リサイタル-愛が詩にかわる時」帝国劇場(1979.10)

●第6回 百恵ちゃんまつり用「不死鳥伝説」(1980)⇒スタジオ録音盤(ミュージカル使用曲のみ収録)⇒ライブ盤はレコード発売なし

・ファイナルコンサート 伝説から神話へ BUDOKAN…AT LAST(1980)
(日本武道館で行われた)


「歌い継がれてゆく歌のように」を
ステージの最後の歌として
大事に歌っていたことが
わかりました

「別れと出会いは数珠玉」
「ひとつの別れは想い出」
「涙も笑顔に変わって浮かんでくる」
別れは出会いと続いていて
いつか笑顔にかわると

そこに聴衆への
メッセージが込められていたのは
まちがいありません

そのあとに、もう1曲だけ
アンコールの代わりにと歌う
2曲の組み合わせで
より深く伝わってくるものがあるのです

●「「スター誕生」 AGAIN」
「See you again」また会いましょうと言って

「しなやかに歌って」
未来に希望の光を示して

●「さよならの向う側」
ラスト・ソングとして

コンサートって楽しいですね
私もまだまだ
百恵ライブ盤を繰り返し聞いて
老後もずっと楽しむつもりです

◆まとめ

  1. 百恵コメント「出来るなら一生でも歌い続けたい気持ちです」
  2. 百恵コメント「素晴らしい歌はずっと歌い継がれていって欲しい」
  3. 「歌い継がれてゆく歌のように」はステージの締めくくりに歌っていた
  4. 「歌い継がれてゆく歌のように」をじっくり聴くと百恵の真心が伝わってくる
  5. (筆者感想)百恵ライブは「ラスト2曲」が【今日の締めくくり+アンコールの代わりに】となっていたのではないか
  6. (筆者感想)「しなやかに歌って」もかなり引退のメッセージとして聴けることに驚く
  7. (筆者願望)「百恵ちゃんまつり」第5回と第6回のライブもレコード化してほしい
  8. (筆者願望)「山口百恵リサイタル-愛が詩にかわる時」ライブ映像を販売してほしくてたまらない


第3回百恵ちゃんまつり (1977年) MOMOE IN KOMA


第4回百恵ちゃんまつり (1978年) 百恵ちゃんまつり’78


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こんな記事も

◆歌手として歌うのが苦痛だった時期のことなど語っていました

⇒ 山口百恵「夢のあとさき」1980/09/21①引退直前トーク「歌手としての7年半」

◆「第3回百恵ちゃんまつり」で歌っていた!みんな見ていた赤いシリーズ

⇒ 山口百恵「赤いシリーズ・四人の少女に捧げる 約束」

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