山口百恵「モノトーンの肖像画」

アルバム~6曲目「モノトーンの肖像画」

山口百恵「モノトーンの肖像画」

作詞: 阿木燿子、作曲: 宇崎竜童、編曲: 矢野立美

アルバム『パールカラーにゆれて』(1976年12月発売)のA面6曲目。

シングル「初恋草紙」(1977年1月発売)のB面にもなっている。

このLPのA面ラストを締めくくる曲です。

まずは感覚的に聞いてみよう

私は残念ながら音楽を専門的に語ることはできません

どんな印象を持ったか

自分だけを信じて

自分の感性を研ぎ澄ませて

自由に感じたことを語ってみます

これがなんの縛りもない1ファンとしての

至福の聴き方でもありますね

表現は聴いた人の数だけあるのです

「モノトーンの肖像画」の私の感じ方はというと

水の中を漂うようなひんやり感

そんなものを感じます

最初から最後まで揺らめき続けている

悲し気で

沈んだ心

ブルーな世界

イントロが奏でるメロディーからして

「わたし」の気持ちを包む

悲しい音色

でも「重い悲しみ」ではないんです!

「なんだろ。肌寒いような涼しい感じは?」と

自分の両腕で自分を抱きしめるようにして

このブルーな空間を見回してしまいます。

この空間は

「モノトーンの肖像画」の「わたし」の内面なのでしょう

私はすっかり「わたし」の内面の中にいて

「わたし」と一つの目になって

「あなた」を追いかけています

この中で響き渡っている

百恵ちゃんの声

高い声が多いですね

高い声はある種のひんやり感を伴って

もの憂く、さびしそうに聞こえます

宇崎竜童メロディーが描き出す美しいひと

例えば1番の歌詞で

真っ白なキャンバス やさしい目

「モノトーンの肖像画」
(歌:山口百恵 作詞: 阿木燿子、作曲: 宇崎竜童、編曲: 矢野立美)

ここの「真~っ」と「キャ~」「目~」のとこ
音が上がるんですとても伸びやかに

サビにもでてきます

宇崎竜童さんの曲らしいなと

百恵ちゃんの曲をいろいろ聴いていくと
なんとなくですがそう思います

百恵ちゃんは歌い方を微妙に変えていて
サビのところはもっと感情を盛り込んできます。

伸びやかに音を上げて歌う声
これがとても美しい

全編に漂うひんやりとした悲しみは
こういう細かな歌い方から出てきているのかもしれない

それと同時に「わたし」って
きっととてもきれいな若い女性なんだろうと
その姿が見えてくるんですよね

美術部員の作品制作?~そっと片思いする恋に共感

詩の内容がおもしろくて

「わたし」が、

思いを寄せている人の顔を

鉛筆でスケッチしているシーンで始まります

「わたし」は美術部でしょうか

おかげて「わたし」にぴったりと

寄り添っている聴き手は

「あなた」がどんな人なのか

「わたし」を通してどんどんわかってくる

芸術家肌だから観察力もすばらしい

と、思っていると

だんだんデッサンから気持ちが離れて

「わたし」は「あなた」の姿を

指折り数えるように思い返していく

そして3コーラスめ!

目の前を楽し気に 手をつなぎ

誰かと歩いてゆく 背中なの


「モノトーンの肖像画」

(歌:山口百恵 作詞: 阿木燿子、作曲: 宇崎竜童、編曲: 矢野立美)

突然、遠近法で「近」の方がせまってきます

「あなた」が「目の前を」過ぎていく

淡々と曲は繰り返され

百恵ちゃんも調子を変えることなく歌うけれど

この動的なシーンはかなりショックな出来事です

「あなた」の動きはとても現実味があります

歩く音

砂ぼこりっぽいにおい

部活の大きなバッグ

この男子学生の笑顔や声

これらすべて「外の世界」は

ごく自然に活発に動いている

それに対して

「わたし」の心はブルー

コミュニケーションゼロの

「個」の閉じた世界

外と内の対比がくっきり

「ああこういう青春あったな、、、」と

「わたし」の気持ち、

誰もが経験することではないでしょうか

そっと思っているだけの「完全片思い」

こんな風に美しい音楽にしてしまうとは。

哀感たっぷりの演奏の中に

切ない青春の一場面が収まっていたんですね

「A面ラスト」と「B面2曲目」について考える

「モノトーンの肖像画」が「A面のラスト」にきている

ということについて考えました。

「B面の2曲目」に据えても良さそうでは?

とあえて提案してみます。

「モノトーンの肖像画」の演奏の感じが

室内ソングのような印象があります。

ボサノバ調だからでしょうか?

ものうさ、揺れ、が

静かな昼下がりにお部屋で聴くのが似合いそうです。

、、、だとすると「B面2曲目」が落ち着く。

その1つの理由として

「レコード盤のひっくり返し作業が終わったから」!

これ重要。

全12曲を通して聴く中で、

聴く体勢に一番「ゆとり」が生じるのは

「B面2曲目」または「B面3曲目」だと思います。

「B面1曲目」は、

「レコードをB面に返して針をのせました」

「さあ後半!どうかな?」と

やや緊張感をもって聴く。身構える。

(そういえば針のせる時少し息止めませんか)

AでもBでも1曲目は「つかみ」の曲。

聴く方も期待感が湧くんです。

「A面聴いた!B面1曲目スタート!よし後半も順調な滑り出し」

と喜び、

ここから最後まで聴くぞ!と気合をいれるために

「(三時の)おやつつまんでお茶でのどの渇きを潤そう」

そんな動作をする。これがB面2曲目的。

実験的な作品や少し異色なものが

置かれていても大丈夫な場所

一番いい場所。

「モノトーンの肖像画」

イントロと終わり方を

聴いてみてください。

不意に演奏が始まって

終わりもあっさりです

フルートの音色?

「ツタッターンタッ、ちゃ~ん」と

「ちゃ~ん」がなんとなく

「こんなお話でした」

「この小品お聴きいただきありがとう」

って謙虚な感じがする

「ちょっとステキな小品」

その謙虚さがまたB面2曲目っぽい

強調しておきますと

私は「B面2曲目」というポジションが大好きで

目立ちたがり屋でなく

謙虚に

キラッと光りつづける

知る人ぞ知る佳作のある所

というイメージを持っています。

本題の「モノトーンの肖像画」

どうしてA面ラストを飾ったのか。

制作された方に聞いてみたいところですが

私が感じたのは

『パールカラーにゆれて』の帯コピー

<ゆれる百恵 青春の真ん中で……>

「これを聴いてください」

という売り文句ですが

この言葉通り、

ゆれる百恵を感じられるのが

「モノトーンの肖像画」のような気がします。

この歌の中で、

百恵ちゃんと目線を一つにして

深い心の内から歌を歌った

自分自身も

共に青春の真ん中にいた

そう思えてくるから

A面はこれで締めくくることができる

「阿木燿子・宇崎竜童」コンビの作品はこれと、

B面5曲目

「オレンジ・ブロッサム・ブルース」の2曲だけです。

各面のラストに1曲ずつ、

このお2人の曲を置いて

まとまりのあるものになった

とも言えます

「オレンジ・ブロッサム・ブルース」は

B面ラストの曲ではありませんが、

いったんここでおわる感じもあります

最後の「走れ風と共に」は

シングル「赤い衝撃」のB面でもあり

ボーナストラック的に置かれていると考えれば

こじつけですが、

両サイドのラストは阿木・宇崎コンビ作でしめている

ことになります。

(いや、でも「走れ風と共に」がまたいい)

百恵ヴォーカルと演奏の関係

独りぽつん

「モノトーンの肖像画」の女性は

凄くひとりぼっちですね。

百恵ちゃんは伴奏なしでも

「あなた」の姿をおいかけて

ひとりで歌いそうな歌い方です

演奏者たちが

「あなた寂しそうですね。ぜひ演奏させてください」

と申し出た、というか

勝手に見守るように参加している感じ

間奏のストリングスは

ブルーグレーの空を示しているようで

わかってくれる友だちみたいですし

言い過ぎかもしれませんが、

「わたし」のスケッチ画以上に

「わたし」の恋心がアーティステックだから

演奏家を惹きつけてしまっている

そんなこと思いもしない「わたし」は

独りさびしそうに「歌う」

それは芸術なんだよ、と

演奏家たちが陶酔したように

「わたし」を演奏で包んでいく

そんな構図みたいだなと感じました

演奏とヴォーカル

どんな関わりをしつつ曲が進むのか

もちろん個人の勝手な聴き方ですが、

歌によってちがってくるというのは

おもしろいと思うんです。

まとめ

  1. ひんやり感に包まれて百恵ちゃんと共に外を見てみよう
  2. 竜童節? 百恵ちゃんの高音のうつくしさ
  3. 片思い~そっと思いをよせるだけの恋ならこの歌を聴こう
  4. 「アナログレコードのB面2曲目」について、つい語ってみた
  5. 百恵ヴォーカルと演奏の関係にはヴァリエーションがあると思う

▼アルバム『パールカラーにゆれて』A面関連の記事▼

1曲目⇒ 「パールカラーにゆれて」

2曲目⇒ 「ある1ページ」

3曲目⇒ 「嘆きのサブウェイ」

4曲目⇒ 「君に涙のくちづけを」

5曲目⇒ 「雨に願いを」

6曲目⇒ この記事「モノトーンの肖像画」

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