山口百恵「一恵」

◆タイトル「一恵」の意味

「一恵」(いちえ)
作詞: 横須賀恵
作曲: 谷村新司
編曲: 萩田光雄

引退の翌月、
結婚式当日(1980年11月19日)に
発売された32枚目のシングルです

本当に最後。
もちろんアナログ盤として発売されました

◆「一恵」のタイトルについて

作詞の「横須賀恵」とは
山口百恵自身のことです

武道館「ファイナルコンサート」にて
「一恵」を歌う直前のトークで
百恵ちゃんはこんな風に語っています

(山口百恵トーク)

「一期一会」という言葉をテーマに詩を書きました。

あたしの名前は「百」(ひゃく)という字に「恵」(めぐむ)、そう書いて「ももえ」と読みます。

これはあたしが多くの幸せに恵まれるようにとそんな気持ちでつけてくれた名前。その名前あたしはとっても好きです。

でも心はたくさんの幸せを望むより、たったひとつ、その幸せを自分でつかみたい、、、そんな気持ちで書いた詩です。

その詩に谷村新司さんが素晴らしい曲をつけてくださいました。
「一恵」

(ライブアルバム『伝説から神話へ -BUDOKAN…AT LAST-』より)

◆谷村さんからの提供曲

「一恵」発売の3年も前から
谷村さんは百恵ちゃんに曲を提供しています

「SEINEより愛をこめて」
~アルバム『GOLDEN FLIGHT』
(1977年8月21日発売)収録
作詞・作曲: 谷村新司、編曲: 加藤ヒロシ

これが最初!

◆そしてシングル「いい日旅立ち」
(1978年11月22日発売)
作詞・作曲: 谷村新司、編曲:川口真

「悲願花」
~アルバム『花ざかり』収録
(1977年12月5日発売)
作詞・作曲:谷村新司、編曲:川村栄

「ヒ・ロ・イ・ン」
~アルバム『ドラマチック』収録
(1978年9月1日発売)
作詞・作曲:谷村新司、編曲:萩田光雄

この2曲も谷村さんらしさ、美学が、
しっかり伝わってきます

5曲挙げましたが
全部で作詞8曲、作曲9曲
だそうです

◆忘れてはいけないのが
「通り過ぎた風」
これは「一恵」と同じく
作曲谷村さん・作詞百恵ちゃん

高田みづえさんがカヴァーして
1983年にシングルを出していますので
ご存知の人も多いかと思います

残念ながら
百恵ちゃん自身の歌唱では
レコード化されていません

個人的には「通り過ぎた風」は
すご~く好きで…時々口ずさむと
百恵ちゃんらしさが伝わってきます

◆谷村新司 × 山口百恵のコンビネーション

「一恵」は引退メモリアル的な曲です

最高の仕事をして有終の美を飾ろう
…そんな意気込みで
関係者一同取り組んだのではないでしょうか

百恵ちゃんの真心を
どんな形でファンの手に届けようか?
と神々しいような空気

こういう感触の歌っていいですね
ファンにとってもレアな体験です

深くずしっと心に残る
特別な作品だと思います

ふと気づくのは、
「作詞:横須賀恵(百恵)&作曲:谷村新司」
という組み合わせ。

「作詞・作曲:谷村新司」の歌がすでに
「歌手:山口百恵」にしっくり合っていたのに
詩が百恵ちゃんになった時
大きな化学変化が起きているような新しさ

詩が曲に、
曲が詩に、
互いに共鳴している感じ
とても可能性を秘めた
コンビネーションではないでしょうか

例えば
「This is my trial(私の試練)」
「ラストソング」のような
作詞・作曲とも谷村新司さんの作品と
聴き比べてみると

「一恵」は色合いが華やかで
盛り上がりのあるメロディー
でもやっぱり重みがある

谷村新司さんの作曲センス!
素晴らしいと思います

「こんなに美しいならもっと聴きたい!
谷村さんの曲と、百恵ちゃんの詩で
アルバム一枚作ってほしい!
…とこみあげる願い!

ああそうだった
「一恵」で終わりでだった!
…と現実に戻る

幕はサッと降りる ―――
これぞ美学と言えるのかもしれません

◆詩には百恵ちゃんの本音が

「一恵」はこんな詩で始まります

「貴女は夢だ」と人は言う

何故何故「夢」なのかと

ふと思う mumuuh、、、

(「一恵」歌:山口百恵、作詞: 横須賀恵、作曲: 谷村新司、編曲: 萩田光雄)

「なぜ私が夢なの?」
百恵さんのこの気持ち、、、
歌をじっくりじっくり聴いていると
伝わってくるんです

「山口百恵」は
夢や神話や伝説ではなく
精一杯生きている一人の人間であると

歌詞と同様のことを
百恵ちゃん自身がラジオで話していました
(「一恵」発売の2ヶ月前の放送)↓

あの、、、そう、よく「百恵さんほどの人が」とか言われることがあるんですね、自分ではそんな風に思いませんよ、もちろん。

だけど、それは先週もお話ししたと思うんだけれども、自分の中にある自分自身っていうものよりも、周りが思ってくれるあたし、「山口百恵」っていうタレント像っていうのかな、そういったもの、ええ名前であったりね、そういったものがどんどんどんどん大きくなってしまって、

「百恵さんほどの人が」、あたしほどの人が、っていう言われ方をされてしまう。それがなによりも一番、正直言って悲しかったんです。

「百恵さんほどの人が」って言われるたんびに「あたしはそんなに大それた人間じゃない」、「本当にごくあたりまえに生活をしている人間なのに、なんで普通に見てくれないんだろう」

もちろんそれは贅沢な悩みなのかもしれないし、、、もしかして本当にこの仕事、やっていても全然うまくいかなくって本当に、、、恵まれているあたしっていうものを見て、うらやましいって思ってくだすっている方かちが、あたしのこんな言葉を聞いたら「なんて贅沢な」って思うかもしれない。

でもやっぱりそれはそれなりにね、いろいろ思うところもあるんですよね。

(ラジオ「夢のあとさき」26回目放送の山口百恵トークより(1980/09/28))

「正直言って悲しかった」の「悲しかった」をはっきりと強めに語っていました。

「夢」ゆめ ⇐⇒ 「現」うつつ

「うつつ」に戻りますと歌う「一恵」
、、、とても考えられた精一杯の詩だったと思えてきます

余談ですが、
歌詞の「ふと思う」というフレーズ
百恵ちゃんの口癖だったのか
ラジオでも時折「~とふと思いました」
なんて使っていました

おもしろいですね

◆「一恵」を鑑賞しよう

・始まりは 
「ピアノ」と「弦楽器」
そして百恵さんのセリフ、歌

・「ふと思う mumu~」の直後 
打楽器が入ります

この打楽器が痛い!
心に

「あとがない」という思いで聴いているからなのか
ずしっずしっと生身に痛いです

百恵ちゃんとともに
約8年間歩いてきた私たちは
一体どうすればいいでしょう…?

なんて今でも当時に戻って
追い詰められた気持ちになるのです

この緊張感、痛いくらいの別れを
「宝物」みたいに味わえる曲ってそうそうない
すばらしいと思います

・ヴォーカルの良さ 

声、表現、百恵度、、、すべて最高点

引退時期には百恵ちゃんの声
少しかすれて聞こえることもありました
(アルバム『This is my trial』や
「夜のヒットスタジオ」最後の出演など)

レコード「一恵」の歌唱は
「円熟」といえるほどの美しさ

・間奏のエレキギター 

エレキ泣いています(ラストだから)

気づいた?

・アウトロ(終奏)本人によるコーラスが超最高 

「私は女」、、、ヴォーカル終わる
さてここからです!

総力を結集させ演奏が続く
そこに山口百恵のコーラスが加わる

ミュージシャンたちと一緒にやってきたという
思いの共有みたいなものを
勝手ながら感じてしまいます

woowoo、、、uhuh、、、ahahah、、、

ファルセットというのでしょうか
澄んだ百恵の声

この部分を聴くためだけでも「一恵」を聴く価値がある
と私は思っています

引退して数年たったある日
新宿の大型デパートだったかの
エスカレーターを昇っていたら

「一恵」の最後の演奏部分が
聞こえてきたんです

百恵ちゃんの「woowoo~」を耳にして
動けなくなったのを
今も鮮やかに記憶しています

百恵ちゃんの最後のコーラス
あるのとないのとでは
「一恵」は全然違ったものになってた
そう思えてなりません。

最高のエンディング演奏です

【追記】
上記のように書いたあとで
『プレイバック 制作ディレクター回想記音楽「山口百恵」全軌跡 』(川瀬泰雄氏 著)「一恵」箇所を紐解いてみたらば、ななんとこんな記載が!

フェイドアウトしていくエンディングでは、

百恵がまったくのアドリブのスキャットで「♪Woo woo・・・」と歌っている。

これは実際にその場で、カラオケを聴きながら百恵が自由に歌ったものである。

(『プレイバック 制作ディレクター回想記音楽「山口百恵」全軌跡 』(川瀬泰雄氏 著)P340~341より引用)

まとめ

  1. タイトル「一恵」って?たった一つの幸せをつかみたいという百恵さんの思い
  2. 【曲・詞】谷村新司の「百恵歌」を集めてじっくり聴こう
  3. 【曲・谷村×詞・百恵】コンビネーションが生み出す凄い世界
  4. 「貴女は夢だ」~ラジオで打ち明けていた百恵ちゃんの悲しみ
  5. 「一恵」鑑賞会~エンディングの素晴らしさ

山口百恵「一恵」(伝説から神話へ 日本武道館さよならコンサート・ライブ)レコチョク

高田みづえ「通り過ぎた風」レコチョク

こちらの記事も

⇒ 山口百恵「さよならの向う側」

⇒ 山口百恵「夢のあとさき」1(ラジオ番組)

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