山口百恵「一恵」

タイトル「一恵」の意味

「一恵」(いちえ)(1980年11月19日発売のシングル)
作詞: 横須賀恵、作曲: 谷村新司、編曲: 萩田光雄

発売は引退の翌月、結婚式当日でした。

本当に最後のシングルです。もちろんアナログ盤として発売されました。

「一恵」のタイトルについて、

武道館「ファイナルコンサート」にて「一恵」を歌う直前のトークで百恵ちゃんはこう語っています。

「一期一会」という言葉をテーマに詩を書きました。

あたしの名前は「百」(ひゃく)という字に「恵」(めぐむ)、そう書いて「ももえ」と読みます。

でもこれはあたしが多くの幸せに恵まれるようにとそんな気持ちでつけてくれた名前。その名前あたしはとっても好きです。

でも心はたくさんの幸せを望むより、たったひとつ、その幸せを自分でつかみたい、、、そんな気持ちで書いた詩です。

その詩に谷村新司さんが素晴らしい曲をつけてくださいました。
「一恵」

(ライブアルバム『伝説から神話へ -BUDOKAN…AT LAST-』より)

谷村さんからの提供曲

「一恵」より3年前から、谷村さんは百恵ちゃんに曲を提供しています。

◆アルバム『GOLDEN FLIGHT』(1977年8月21日発売)収録の「SEINEより愛をこめて」(作詞・作曲: 谷村新司、編曲: 加藤ヒロシ)。これが最初。

◆そしてシングル「いい日旅立ち」(1978年11月22日発売)も作詞・作曲は 谷村新司さん。

谷村さんが曲を作り百恵ちゃんが歌う。この世界好きです。

他にも、
「悲願花」~アルバム『花ざかり』収録(1977年12月5日発売)作詞・作曲:谷村新司、編曲:川村栄

「ヒ・ロ・イ・ン」~アルバム『ドラマチック』収録(1978年9月1日発売)作詞・作曲:谷村新司、編曲:萩田光雄

この2曲も谷村さんらしさ、美学が、アルバムの中でしっかり主張されています。

◆そして忘れてはいけないのが「通り過ぎた風」
これは「一恵」と同じく作曲谷村さん・作詞百恵ちゃん(ペンネーム横須賀恵)です。


高田みづえさん
がカヴァーして、1983年にシングルレコードを出していますのでご存知の人も多いかと思います。

残念ながら百恵ちゃん自身の歌唱ではレコード化されていません。個人的には「通り過ぎた風」すご~く好きで時々口ずさみます。

谷村新司×山口百恵のコンビネーション

「一恵」は引退メモリアル的な曲です。

最高の仕事をして有終の美を飾ろう。そんな意気込みで関係者一同取り組んだのではないでしょうか。

百恵ちゃんの真心をどんな形でファンの手に届けようか?と神々しいような空気。

こういう感触の歌っていいですね。ファンにとってもレアな体験です。

深くずしっと心に残る特別な作品だと思います。

ふと気づくのは、
「作詞:横須賀恵(百恵)&作曲:谷村新司」という組み合わせ。

「作詞作曲:谷村新司」の歌がすでに「歌手:山口百恵」にしっくり合っていたはずなのに、詩が百恵ちゃんになった時、大きな化学変化が起きているような新しさ。

詩が曲に、曲が詩に、、、互いに共鳴している感じ。とても可能性を秘めたコンビネーションではないでしょうか。

例えば「This is my trial(私の試練)」「ラストソング」のような、作詞作曲とも谷村新司さんの作品と聴き比べてみると、「一恵」は色合いが華やかで盛り上がりのあるメロディー。でもやっぱり重みがある。

谷村新司さんの作曲センス!素晴らしいと思います。

「こんなに美しいならもっと聴きたい!谷村さんの曲と百恵ちゃんの詩でアルバム一枚作ってほしい!」とこみあげる願い。

、、、で現実に戻る。「一恵」で終わりだった!

幕はサッと降りる ―――
これぞ美学と言えるのかもしれません。

詩には百恵ちゃんの本音が

「一恵」はこんな詩で始まります

「貴女は夢だ」と人は言う

何故何故「夢」なのかと

ふと思う mumuuh、、、

(「一恵」歌:山口百恵、作詞: 横須賀恵、作曲: 谷村新司、編曲: 萩田光雄)

「なぜ私が夢なの?」
百恵さんのこの気持ち、、、
この歌をじっくりじっくり聴いていると伝わってくるんです。

「山口百恵」は夢や神話や伝説ではなく精一杯生きている一人の人間であると。

歌詞と同様のことを百恵ちゃん自身がラジオで話していました(「一恵」の発売2ヶ月前の放送)↓

あの、、、そう、よく「百恵さんほどの人が」とか言われることがあるんですね、自分ではそんな風に思いませんよ、もちろん。

だけど、それは先週もお話ししたと思うんだけれども、自分の中にある自分自身っていうものよりも、周りが思ってくれるあたし、「山口百恵」っていうタレント像っていうのかな、そういったもの、ええ名前であったりね、そういったものがどんどんどんどん大きくなってしまって、

「百恵さんほどの人が」、あたしほどの人が、っていう言われ方をされてしまう。それがなによりも一番、正直言って悲しかったんです。

「百恵さんほどの人が」って言われるたんびに「あたしはそんなに大それた人間じゃない」、「本当にごくあたりまえに生活をしている人間なのに、なんで普通に見てくれないんだろう」

もちろんそれは贅沢な悩みなのかもしれないし、、、もしかして本当にこの仕事、やっていても全然うまくいかなくって本当に、、、恵まれているあたしっていうものを見て、うらやましいって思ってくだすっている方かちが、あたしのこんな言葉を聞いたら「なんて贅沢な」って思うかもしれない。

でもやっぱりそれはそれなりにね、いろいろ思うところもあるんですよね。

(ラジオ「夢のあとさき」26回目放送の山口百恵トークより(1980/09/28))

「正直言って悲しかった」の「悲しかった」をはっきりと強めに語っていました。

「夢」ゆめ ⇐⇒ 「現」うつつ

「うつつ」に戻りますと歌う「一恵」
、、、とても考えられた精一杯の詩だったと思えてきます。

余談ですが、
歌詞の「ふと思う」というフレーズ。
百恵ちゃんの口癖だったのかラジオでも時折「~とふと思いました」なんて使っていました。

おもしろいですね。

「一恵」を鑑賞しよう

◆始まりは「ピアノ」と「弦楽器」
そして百恵さんのセリフ、歌

◆「ふと思う mumu~」の直後に打楽器が入ります。

・この打楽器が痛い!

心に。

「あとがない」という思いで聴いているからなのか。

ずしっずしっと生身に痛い。

百恵ちゃんとともに約8年間歩いてきた私たちは一体どうすればいいでしょう、、、?なんて今でも当時に戻って追い詰められた気持ちになるのです。

この緊張感、痛いくらいの別れを「宝物」みたいに味わえる曲ってそうそうない。すばらしいと思います。

ヴォーカルの良さ

声、表現、百恵度、、、すべて満々点。

引退時期は百恵ちゃんの声が少しかすれて聞こえることもありました。(アルバム『This is my trial』や「夜のヒットスタジオ」最後の出演など)

レコード「一恵」の歌唱は「円熟」といえるほどの美しさ。

間奏のエレキギター 

エレキ泣いています(ラストだから)。

気づいた?

アウトロ(終奏)本人によるコーラスが超最高 

「私は女」、、、ヴォーカル終わる。
さてここからです!

総力を結集させ演奏が続く。そこに山口百恵のコーラスが加わる。

ミュージシャンたちと一緒にやってきたという思いの共有みたいなものを勝手ながら感じてしまいます。

woowoo、、、uhuh、、、ahahah、、、

ファルセットというのでしょうか、澄んだ百恵の声

私はこの部分を聴くためだけでも「一恵」を聴く価値がある と思っています。

引退して数年たったある日、新宿の大型デパートだったかのエスカレーターを昇っていたら「一恵」の最後の演奏部分が聞こえてきたんです。

百恵ちゃんの「woowoo~」を耳にして動けなくなったのを鮮やかに記憶しています。

百恵ちゃんの最後のコーラス、あるのとないのとでは「一恵」は全然違ったものになってた、そう思えてなりません。

最高のエンディング演奏です。

【追記】
上記のように書いたあとで『プレイバック 制作ディレクター回想記音楽「山口百恵」全軌跡 』(川瀬泰雄氏 著)の「一恵」箇所を紐解いてみたらば、ななんとこんな記載が!

フェイドアウトしていくエンディングでは、

百恵がまったくのアドリブのスキャットで「♪Woo woo・・・」と歌っている。

これは実際にその場で、カラオケを聴きながら百恵が自由に歌ったものである。

(『プレイバック 制作ディレクター回想記音楽「山口百恵」全軌跡 』(川瀬泰雄氏 著)P340~341より引用)

まとめ

  1. タイトル「一恵」って?たった一つの幸せをつかみたい
  2. 【曲・詞】谷村新司の「百恵歌」を集めてじっくり聴こう
  3. 【曲・谷村×詞・百恵】コンビネーションが生み出す凄い世界
  4. 「貴女は夢だ」~ラジオで打ち明けていた百恵ちゃんの悲しみ
  5. 「一恵」鑑賞会~私はこう聴いたよ

山口百恵「一恵」(伝説から神話へ 日本武道館さよならコンサート・ライブ)レコチョク

高田みづえ「通り過ぎた風」レコチョク

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⇒ 山口百恵「さよならの向う側」

⇒ 山口百恵「夢のあとさき」1(ラジオ番組)

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