山口百恵「陽炎」メモ

「陽炎」の思い出~心と現実のずれ

人生における感動場面のその瞬間に自分の感情が100%合致して感動する、なかなかそうならないこともあります。

例えば、まだ結婚の予定とか決まっていないのに、百恵ちゃんの「秋桜」を聴いていたら、(いつか自分も結婚するときは母を思いながらこの曲を聴きたいな)ともうその心境になってしまい、涙がこらえられなくなる。そんなことってないですか。

さて、いよいよ結婚することになり、披露宴で「秋桜」を友だちが歌ってくれる。新婦は緊張もしているし、式の進行が気になる等実務的なことで気が散っていたりして、どうしてと思うくらい、こみあげる感動っていうのがやってこない。泣くなら今なのに。

心は現実とずれたところで、幸せとか悲しみに触れる。もっと言うと、リアルなただ中以上に、その姿の本質的なものをとらえてしまう。おもしろいですよね。

「陽炎」という歌には私のそんな思い出があります。

先取りの悲しみ~保育園の卒園式で

もう一つ例として、こんなことがありました。

ずいぶん前ですが、息子の保育園の卒園式で、まだ卒業しない在園生の保護者が「おくることば」を言うシーンです。

保護者は女性、園児のお母さんでしょう。彼女は「おくることば」の原稿を手に、卒園してゆく園児たちと向かい合うように設置されたスタンドマイクの前に出ていらっしゃいました。

「ご卒園おめでとうございます・・・」
と語り始めたその人、早くも涙がこみあげたのか言葉に詰まってしまいました。がんばって続けるのですが、また泣く、泣く。

感慨無量なのはみな同じ。でもこの方は人一倍感動している様子でした。卒園する園児の保護者は全体的にクールで、(まあ。どうしちゃったの?)(あなたの番は来年ですよ)そんな表情で微笑みを浮かべる方もいました。

どうにか全文読み終えて、拍手がわき終了です。読んでいる時間の半分以上が嗚咽と涙でした。もしかしたら個人的になにかあったのかもしれませんが。

私は気持ちがよくわかりました。そう、そういうものなんですよね!って。(うちの子も来年はこうして卒園、、、)とイメージして、本番からはずれた時期になぜか一番泣けてくる。

日常、ふと(もうじき卒業か、、、)と気づいたとき。歌を聴いて(お母さんに感謝したいな)と素直に思えたとき。他人の晴れの舞台を見守っているとき。準備された儀式当日より気持ちが自然にあふれてくるのかもしれません。

言い方を変えると、頭で考えていた通りにはならない。ここぞという時に人の感情はなぜか取り残され、現実に合致しない。合致しないことの連続こそが現実なんだと。

高校時代に好きだった男の子の話

やっと本題ですけど、高校3年の頃のこと。

百恵ちゃんの「陽炎」を初めてアルバム『横須賀ストーリー』で聴いてから6年経っていますが、百恵アルバムはいろいろローテーションで聴いていたんです。

隣のクラスのある男の子。私はずっとその人のことが好きで、いつも遠くから見ていました。気持ちを伝えることもできず、せめてちょっとだけでも言葉を交わすチャンスがめぐってこないかなと期待しながら過ごしていました。

毎年クラス替えはあるものの、一度も同じクラスになれず。姿は見えるけど、話す機会は全然ない。

学校自体は全くおもしろくなくて、毎朝起きた瞬間行きたくないと思う。でも、あの人の笑顔が見られるかもしれない。それでなんとか通ってたという感じです。

「陽炎」で別れの先取り

ある秋の日のこと。

学校で、廊下から生徒たちが出入りする中央玄関を見下ろしててふと気づいた。「年があけて3月が来たらもう卒業なんだ」と。とぼとぼ家に帰って、いつものように自分の部屋で音楽をかける。その日は「陽炎」を聴こうと思った。

暑い夏が過ぎ、秋になったという感傷もあったのでしょう。

「陽炎」がかかると泣きたくなりました。

卒業だ、サヨナラだ。

あの人の笑顔はもう見られない、きっと二度と見られなくなるんだろう、、、と。

楽しくなかった3年間の日々と、そこで耐えた自分と、支えだった笑顔。

そのいろいろが終わるという思い。一気にきました。

別れをものすごく実感できた。時期はまだ早いのに。

「陽炎」の涙つぶは深い緑

私は「陽炎」を聴きながら、部屋に敷いてあったモスグリーンの絨毯に両手をついていました。すぐそばにはLPレコードに付いてた歌詞カードが広げてある。

涙がポタポタと絨毯に落ちると、落ちた箇所だけモスグリーンの色が濃くなった。

ぽたっと涙が落ちる、絨毯にドットができる。そこだけグリーンが濃くなる。これが繰り返される。百恵ちゃんの歌を聴きながら、濃さの違いを見ていました。

それ見ていたら、ドット模様の濃い緑が『横須賀ストーリー』のジャケットの裏面の色に似ているんじゃないかと思い、ジャケットの裏を見てみました。

そう。この緑色。『横須賀ストーリー』を買う前から、裏ジャケットの色が好きだった。むしろレコードを買った理由のひとつがこの緑色だったと思い出す。

「陽炎」の次の部分は特に印象的でした。

あなたとのことは陽炎にも似て

束の間の輝きを残して いつか消えていくものですね

「陽炎」
(歌:山口百恵、作詞: 阿木燿子、作曲: 宇崎竜童、編曲: 船山基紀)

冬がきて卒業式まで月日は過ぎてゆきました。

卒業式当日とその後

不思議なことに私は卒業式当日のことをまったく覚えていない。何があったか、一場面も記憶にない。出席したんだっけ?と思うくらい。出ることは出たのです。淡々とした気持ちでいたと思います。

かろうじて覚えているのは、人波の中にあの人がいないかと探したこと。遠目に見つけたとき心の中で「さよなら」と言ったこと。それだけです。

高校生活が終わるという安堵感がありました。あとは仲良しだったほんの少しの友人たちと別れを惜しみながら、その日は終わりました。

それから20年くらい経って。

あるレストランで、好きだったあの人を見かけました。ほぼ間違いなくあの人だなという感じ。相手は元々私の記憶などないだろうし、こっちを見てもいない。それぞれが身内と一緒に楽しく食事をしている。特別な感動は起こらなかった。遠い昔のことだからでしょうね。

絨毯の濃いグリーンを見ていた高校生の私。あの場面だけが飛びぬけていてずっと心に残っています。


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